ロビン「でしょう? ちゃんとした目的を持った人って好きよ」
ロボイヌ「そこでロボコン。君は先程からみっともないほど取り乱しておるが、はてさて君は何の目的で生きておる? 君は一体何になりたいんだワン? 毎日大根を買ったり、炊事洗濯をするお手伝いロボットになりたいのかね?」
ロボコン「バカ言え! もう!」
ロボイヌ「強がりを言うのはやめにしたまえ。現に君は毎日のように小川家にこき使われ、雑用をせっせとこなしているではないかワン」
ロボコン「あ、あのおいらね! あのね・・・」
ロボイヌ「他に理想があるというのかね? 君が生涯かけて果たさんとする大きな目標があるというのかね。Who are you? ロボコン、君は一体何者なのだ!」
引用:がんばれ!! ロボコン/118話『メデタリヤ! ロボコン村は花ざかり』
華・・・ 花びらが綺麗に咲き乱れる様子。
綯・・・ 縄や糸をより合わせること。
私には夢がない。
保育園の時クラス皆の前で将来何になりたいか発表させられた。
ウルトラマン。私はそう答えるつもりだった。だが・・・
「ケーキ屋さん」「サッカー選手」「大工さん」
先に発表した子たちの中に、ウルトラマンや仮面ライダーになりたいと口にする子どもは誰もいなかった。
周囲の子たちが語る現実的な夢を前にして、呑気な子どもだった私もさすがに感じ取った。
ここでウルトラマンと答えれば笑われる、と。
「ケーキ屋さん」
なりたいなど一度も考えたことがない職業をとっさに答えた。ちなみにその後三十数年の人生で、ケーキを作ったことは一度もない。
今思い返せばこの時に私は『夢』について考えることも、向き合うことも放棄したのかもしれない。
私の夢は人から笑われるもの。
周囲の子たちのように現実にある職業を答えられなかったことで、自分は周囲より劣った存在だと私は思った。
人前で自分の気持ちを正直に語ることを放棄したあの日から、表向きは自分の考えがあるように見せてその実中身は空っぽで、人と状況に流されるだけの人生を私は選んでしまったのだと思う。
約一年配信で見続けてきた『がんばれ!! ロボコン』最終回でのロボイヌの台詞に、心がグサグサと刺された。
A級ロボットになるためのハートマークをもらうため日夜頑張るロボコン。
だがロボコンにはハートマークの先にある夢がなかった。
その姿に夢も未来への展望もなく、ただ学資ローンを返すために働く自分の姿が重なった。
一体私は何がしたかった? 何になりたかった? Who am I? 私は一体何者だ?
「夢はどんな小さいものでも夢だと思うんです。仕事が終わったら今日はパフェを食べよう。そういうことも」
福岡市天神にあるメイドカフェ『めるドナ』。どうしたら夢が見つかるのかと尋ねる私に彼女はこう答えた。
これから彼女は進もうとしていた。自分自身の夢へ。
初めて出会った日のことは覚えている。
前日に大事な思い出のメイドとの別れを終えた私は、その寂しさを抱えたまま店へと続く階段を上がっていた。
ここに来ればその人がいない現実をいやが上にも受け入れられると思った。そうしなければと思った。
もう一つ。この日新しいメイドが入ると知り、それならば会ってみたいという気持ちもあった。
店に入る。少し前まで大事な人の似顔絵があった場所にはもうあの人の絵はない。
寄せては返す波のように、記憶の中のあの人の姿が遠くへと去っていく気がした。
寂しい。苦しい。
「お帰りなさいませご主人様」
明るい声にふと我に返る。見慣れた顔の中に一人、緊張した様子で立っているメイドがいた。
事情があってこの日は短時間で店を出たが、運良く彼女に挨拶することができた。
「頑張ってください」
そういって用意していた差し入れを私は渡した。
「ありがとうございます」
彼女の表情が明るくなり元気な声が店内に響く。緊張という硬い鎧の中にあったこの元気さ。
後に店の客、そして共に働くメイドの仲間を魅了し励まし続けた彼女の明るさに初めて触れた瞬間だった。
階段を降りる足が軽くなる。心が明るくなった証だ。別れの後に訪れた新しい出会い。
また彼女に会いに来ようと私は思った。
ツイッターを起動し、タイムラインに目を通す。彼女の言葉が綴られている。
例えば心が傷ついたときに美しい自然を見て癒やされた時、あるいは久しぶりに懐かしい友人と話した時。
そうした時に感じる包み込まれるような温かさ、それが毎日更新される彼女の言葉には溢れていた。
前向きな言葉を発信すること自体はさほど難しいことではない。
だが現実において日々苦しみや迷いと向き合いながら、その上で前向きな言葉を継続して発信していくとなると話は難しくなる。
言葉は現実に直結する。匿名という仮面でどれほど姿を隠せたとしても、言葉にはその人が持つ真実の一端が出る。
私程度の最下層の発信者がわかったように書くのも傲慢かもしれないが、だからこそ彼女のことを凄いと思った。そして強いと思った。
それは店で働く姿からも感じられる。持ち前の明るさと、人を肯定し背中を推してくれる言葉。
人を元気づけるという行為に対して大きな「芯」を持っている。
彼女と接する中で私はそう感じるようになった。
その姿は保育園のあの日に私が口にするのをやめたヒーローのような姿。笑顔を絶やさず人を助ける者の姿。
「お久しぶりです。最近はご飯をきちんと食べないとなあと感じてるんですよ」
ある日の午後、久しぶりに会った私に彼女が明るく話しかけてくれた。
「スタバじゃ栄養は取れないですもんね」
彼女の声に私の気持ちも弾む。
「本当そう。カロリーだけですね」
彼女が思わず笑い出す。つられて私も笑ってしまった。
こんな風に彼女と笑い合うのはいつぶりだろうか。
明るい髪色がよく似合っている。この笑顔に会えるのもあと少しだった。
「具体的に何になりたいとか以上に、私はみんなを笑顔にしたいって思うんです」
彼女が夢のために店を離れることを知り、会いに訪れた私に彼女が語ってくれた。
「どうしてそんなに人を笑顔にしたいのですか?」
何が彼女を突き動かすのか知りたかった私は問いかけた。
「昔は自分に自信がありませんでした。だけど周りにいた人を見て、自分も同じようにポジティブにしていいと思ったんです。それがきっかけでした」
初めて聞く話だ。
彼女が店に来てから今日まで様々な理由も重なり、私は彼女と多くの時間を過ごすことはできなかった。
ようやく彼女自身のことを聞くことができ、過ごせなかった空白の時間が一気に埋まっていく気がした。
「そのうち見た目も変えるようになって、自分のことを少しずつ好きになっていきました。自分の周りには素敵なのに自分に自信を持てない人が沢山いました。だから自信を持って欲しくて企画をしたりしていました」
今まさに彼女がこの店で見せてくれているような笑顔で人前に立って語りかけている姿を私は想像した。
その場に流れるのは優しい空気。溢れるのはその場にいる人達の笑顔。
「とにかく前向きで◯◯さんと話していると自己肯定感が上がるんです」
「◯◯さんには最初から自分を出して接することができました。普通は時間をかけて仲良くなるのに、◯◯さんとは最初から仲良くなれました」
同僚のメイド達がそう話してくれた。
彼女と他のメイドが過ごす時、そこには尊い笑顔があった。私はそれが好きだった。
私にとってそうであるように、仲間のメイドにとっても彼女はかけがえのない存在だった。
「いつもポジティブだから、無理をしてないかと心配していただいたこともありました。だけど無理をしてるわけじゃなくてこれが自分自身なんです」
そう語る彼女の表情は、どこか懐かしいことを思い出しているかのようだった。
人を笑顔にしたい・・・ かってそう語っていたヒーローがいた。
2000年に放送した『仮面ライダークウガ』の主人公、オダギリジョー演じる五代雄介だ。
笑顔を守るため、人に笑顔でいてもらうために悲しみや辛さを隠し常に笑顔を絶やさなかった五代。
彼の心の強さはある意味現実離れしたものなのだが、だからこそ遠い昔は私も彼のようになりたいと願った時もあった。
いつか自分も人を笑顔にしたいと思った時もあった。
私は彼になることはできなかった。無理もない。とうの昔に自分でその道を閉ざした人間にそんなことができるはずもない。
だが彼女はそれを実現していた。多くの人を笑顔にしていた。
凄いと思うと同時に、彼女に出会えてよかったと思った。
人は変わることができることと、世界は楽しいということを知っているから人を笑顔にしたい。
彼女が人を笑顔にしたいのは、人は変われることを知っているからなのだの私は思う。彼女自身がそうだったように。
そしてそれを自分だけに留めず、人に伝えていこうとする姿に果てない優しさを感じずにはいられなかった。
「自分がしてもらって嬉しいことを考えてみてください。例えばブログを読んでお店に来たという人がいたら嬉しくありませんか?」
夢について悩む私に、彼女が教えてくれた。確かに誰かの役に立てることは嬉しい。
「いつかまたみんなに会いたいですね」
時間が迫ってくる。彼女の言葉に、彼女がいてくれたこれまでの時間に思いを馳せた。
彼女の生誕を祝うために駆けつけたたくさんの人達。
きっと私と同じように、彼女の言葉に心癒された人が沢山いたのだろう。それが今はよくわかる。
だからこそ夢に向かって進んでいく彼女を私は心から応援したいと思った。
閉塞感、悪意、不安・・・ 様々なマイナスの感情がこの国を覆っている。
そしてそこには手を差し伸べて欲しくても、誰の手も届かない場所で苦しんでいる人達もいる。
だが例えどんな現実であっても人間は、最後には自分で自分の道を決めていかなければならない。
そのために彼女のような存在が必要だ。
人は誰でも自分自身で変わっていくことができる。その可能性を伝える希望として。
彼女と出会えて良かった。
めるドナのメイドたちという花が、彼女という存在と出会い、よりあわせ支え合い過ごした掛け替えない時間。
どんなに世の中が暗くても笑顔が溢れていた時間。そこに立ち会えて良かった。
私には夢がない。
今日もただ仕事へ向かう。
だけどもし、またいつかどこかで彼女に会うことができたとしたら私はきっと嬉しいだろう。
だからこれからも彼女に元気でいて欲しい。
それが私の夢。
失敗ばかり、0点ばかりだったロボコンも最後には子どもたちが楽しく遊べるロボコン村を作るという夢を見つけた。
私の人生も失敗しかないが、ロボ根性で踏ん張ってみよう。
だから頑張れ。
例え百人に一人、百万人に一人・・・ 一億人に一人でもいい。
君の姿が、言葉が誰かの心に届くその時まで。
彼女の夢がかなうことを心から願う。
メイドとしての日々お疲れさまでした。
夢のいる場所に向かって行ってらっしゃいませ。