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- 『あんぱん』軍隊編への違和感と問い
- やなせたかしのドラマに期待するもの
- 「アンパンマン誕生」の核心にある嵩の物語
- 共感されにくい主人公・のぶが与えるちぐはぐな印象
- 『あんぱん』と『ゲゲゲの女房』を比較し見える構造の問題
- 主人公が誰という疑問を生まないために必要なこと
- まとめ:物語の焦点を再考する時ではないのか?
『あんぱん』軍隊編への違和感と問い
「アンパンマン」は戦争から生まれたヒーローである
NHKの連続テレビ小説『あんぱん』が「軍隊編」に突入し、連日様々な反響を呼んでいる。
国民的ヒーロー「アンパンマン」の生みの親であるやなせたかし(柳井嵩)と、その妻・暢(朝田のぶ)の人生を描く本作は、放送開始前から大きな注目を集めていた。
何といってもあの「アンパンマン」の誕生に迫るドラマである。
誰もが知る国民的キャラクターであり、今日も休むことなく子どもたちを楽しませてくれているヒーロー。
私自身、幼少期にアンパンマンが好きだった一人として、本作には特別な関心を抱いていた。
しかし軍隊編が始まった今、私は一つの疑問を抱いている。
それは「この物語の主人公は誰なのか?」という疑問だ。
もちろん、公式には朝田のぶが主人公でありヒロインとされている。
しかし2025年6月11日時点までの放送を見ていると、どうにもそれがしっくりこないのだ。
やなせたかしのドラマに期待するもの
『あんぱん』に対する視聴者の最大の関心は、やはり「アンパンマンがどのようにして生まれ、子供たちのヒーローになっていったのか」という、物語ではないだろうか。
「アンパンマン」はひもじい者に自分の顔を食べさせるという、他のヒーローにはできない「正義」の概念を体現した存在だ。
もちろんバイキンマンが悪さをした時は、彼を懲らしめるために戦うこともある。
だがアンパンマンの本質は力の強さでなく、文字通り自分の身を削ってでも困っている人を助けようとする無償の優しさである。
このヒーロー像は、やなせたかしが経験した過酷な戦争体験が影響している。
「戦いに勝つことではなく、お腹を空かせた人を助けること」
アンパンマンはこうした強い信念から生まれたとされている 。
つまりアンパンマンの誕生は、やなせたかし個人の人生、とりわけ戦時中の飢餓という極限状態での経験と深く結びついている。
「アンパンマン誕生」の核心にある嵩の物語
この視点に立つと、『あんぱん』物語の焦点は、のぶよりも柳井嵩(やない たかし)に置かれるべきだと強く感じる。
嵩の軍隊生活は、まさにアンパンマンのルーツが形成される「大切な原点」となるからだ 。
理不尽な暴力に晒され 、極限状態を生き抜く中で、彼は何を学び、何を感じたのか。その過程こそが、後に「逆転しない正義」を体現するアンパンマンへと繋がる道筋なのだ 。
特に、弟・千尋の存在は、嵩の物語に深い感情的な重みを与えるに違いない。
千尋が海軍少尉として登場した際、多くの視聴者の間で「嫌な予感」「死亡フラグ」を感じ、「胸が苦しい」といった反応が見られた 。
やなせたかしの実弟は戦死しており、その悲しみがアンパンマンの創造に与えた影響は計り知れない。
そしてその苦しみを嵩がいかに受け入れ、そして乗り越えるのか。
それこそが今後の注目ポイントとなるだろう。
嵩が軍隊で経験する人間関係(八木上等兵の謎めいた支援 や、馬場・甲田といった先輩兵士たちの態度の変化 )も、彼の内面的な変化や成長(あるいはその欠如)を描く上で重要な要素だ 。
これらの経験全てが、アンパンマンの誕生にどう昇華されていくのか。
その過程こそが視聴者の関心事であり、このドラマの意義となるだろう。
共感されにくい主人公・のぶが与えるちぐはぐな印象
一方で現在のところ、のぶが主人公であることによって、物語にどうにも「ちぐはぐな印象」が生じているというというのが個人的な感想だ。
実際、視聴者からは「のぶが嫌い/苦手すぎる」「ずっと主人公に共感できない」「のぶが邪魔」といった、否定的な意見もあがっている 。
彼女の行動が「利己的」と見なされたり、教師の夢や愛国心への「唐突な」変心 、あるいは恋愛関係における「一貫性のなさ」や「祝福しづらい結婚」 などが、その理由として挙げられてる。
またのぶよりも、妹である蘭子やメイコに共感するという声まである 。
もちろんのぶがやなせたかしの妻であり、彼の人生に大きな影響を与えた人物であることは間違いない。
それは間違いないのだが、彼女の人物像が視聴者に共感されにくい現状では、彼女を物語の中心に据えることが、かえってアンパンマン誕生というメインテーマへの没入感を妨げているように感じられる。
『あんぱん』と『ゲゲゲの女房』を比較し見える構造の問題
国民的キャラクターを生み出した漫画家とそれを支えた妻の物語。
『あんぱん』のコンセプトを聞いた時、2010年に放送された朝ドラ『ゲゲゲの女房』が思い浮かんだ人も多いのではないだろうか。
『ゲゲゲの女房』は主人公の村井布美恵と、その夫の村井茂の物語だ。
モデルは「ゲゲゲの鬼太郎」を生み出した水木しげるとその妻だが、当時の盛り上がりを覚えている人も少なくはないだろう。
やなせたかしも水木しげるもキャリアは重ねていたものの、漫画家としては遅咲きの部類に入る。
だからこそ、そこに至るまで彼らを支えた家族との間に厚みのある物語が生まれる。
ここからは想像だがNHKには『あんぱん』制作にあたって、似たコンセプトである『ゲゲゲの女房』の成功体験がどこかにあったのではないだろうか。
苦労しながらも夫婦が支え合い、やがて日の目を見る。
多くの人が共感できる爽やかで温かい物語はまさに、朝ドラに相応しいと言える。
ところが早い段階で布美恵と茂が結婚した『ゲゲゲの女房』と違い、放送から2ヶ月経ってものぶと嵩の人生は重ならない。
史実と異なりのぶと嵩は幼なじみで長い付き合いはあるのだが、下手にオリジナル設定を加えたことが、却って二人の物語の分裂を招いているように見えるのだ。
しかも嵩のドラマの方が多少粗はあってものぶと同等、あるいはそれ以上に厚みがあり、魅力的に見えてしまっている。
なぜそう感じるのか?
それはこのドラマがアンパンマンの誕生が描かれる物語だからだ。
アンパンマンを生み出すのが嵩である以上、彼が物語の中心になるのは必然である。
もちろんこの先のぶが敗戦によりこれまでの価値観が逆転し、嵩を支えていく妻になることは容易に想像できる。
だが今の段階でのぶが共感を呼びにくい人物として描かれたこと、嵩のドラマの比重が多いことが『あんぱん』が誰の話なのかを曖昧にしてしまっている。
主人公が誰という疑問を生まないために必要なこと
もしのぶを主人公として描くなら、オリジナル設定を入れず史実通り小松暢の人生を描くべきであったと考える。
彼女がやなせたかしに出会うまで何を経験し、何を学び、それが夫を支える原動力になる。
その展開ならば、紛れもなく『あんぱん』はのぶの物語といえるだろう。
実際はそれができないわけだが、現状の問題点が改善されるために一刻も早くのぶと嵩が一緒になる展開が描かれることを強く望む。
まとめ:物語の焦点を再考する時ではないのか?
朝ドラ『あんぱん』は、やなせたかしという稀有な人物の人生と、彼が生み出した普遍的なヒーローの物語を描く、大きな可能性を秘めた作品だ。
しかしその可能性を最大限に引き出すためには、柳井嵩の人生経験と内面的な変化を、より深く説得力を持って描くことに焦点が当たらなければならない。
もちろんのぶの存在は嵩の人生を彩る重要な要素である。
しかし今はまだのぶという人物の描かれ方が、視聴者に十分な共感を呼び込めていないという印象もある。
表面上は愛国者として振舞いながらも、そんな自身の在り方への疑問を口にする場面もあった。
そのため彼女の物語は、まだ「始まりの段階」にあるとも考えられるだろう。
だが個人的には、物語の主軸はやはりアンパンマンの「生みの親」である嵩にこそ置かれるべきだと思う。
今後の展開で、この「ちぐはぐさ」が解消され、アンパンマン誕生の物語がより感動的に描かれることを期待したい。
最後に。
朝ドラは確かにフィクションだが、モデルがいる以上その人物への敬意は絶対に必要不可欠だ。
賛否あるのぶの描かれ方は、ドラマ的な狙いがあってのことだろう。
だが果たしてやなせたかしが本人が、愛した妻が史実とは異なる描かれ方をされることを望むだろうか・・・
そのことを制作側には今一度よく考えて欲しいと思う。
暗い話題が多い今の時代に、『あんぱん』が朝という時間に放送されることの意味。
それはどんな時代でも困っている人に手を差し伸べる優しさを、私たちの日常に染み込ませるためではないだろうか。