ネコはミカンを片手に夜明けを待つ

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『愛をとりもどせ改』観劇感想|ナシカ座が描く人情喜劇の魅力と変わらぬ安心感

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はじめに

ナシカ座とは

ナシカ座は福岡市を拠点としながらも、公演ごとに多様な出演者を迎える「ユニット型」の劇団です。

観客は毎回まったく異なるメンバーによる人情喜劇を楽しむことができ、その都度新鮮な空気と感動が味わえることが大きな魅力です。

作品基本情報

  • タイトル:愛をとりもどせ改
  • 上映期間:2025年6月10日〜2025年6月15日
  • 会場:ぽんプラザホール
  • 脚本・演出:内田好政
  • キャスト:田中耀大、山本英頼、矢羽田美翔、佐倉めぐほか(Aチーム、Bチームの2チーム制)

あらすじ

売れないピン芸人の鳥飼マサルは恋人の日高千尋に養ってもらっている。

千尋の部屋で彼女と同棲しているマサルだが、彼女の存在に甘えバイトもせずに夢ばかり追いかけている。

ある日マサルの妹のサクラが家出し、マサルたちの部屋に転がり込んできた。

千尋に依存していることをマサルに詰め寄るサクラだが、彼女も秘密を抱えていて・・・

 

問題を抱えた兄妹と、その周囲の人々が繰り広げる笑って少し泣ける人情喜劇。

 

 

 

『愛をとりもどせ改』の観劇経緯

『愛をとりもどせ改』は2018年に公演された「愛をとりもどせの」の再演です。

元の方は観ていませんが、再演にあたり手直しされた部分もあるとのこと。

 

数年前からナシカ座の作品を観ています。

私はもともと「釣りバカ日誌」のような人情喜劇が好きなので、自分には合うと思いました。

そして劇団の特性上、別の作品で知った俳優が出演する機会もあることから今作にも足を運びました。

感想と考察

質実剛健な"ナシカ座らしさ"

ナシカ座の作品は毎回ハッピーエンドで終わってくれるという安心感があります。

『愛をとりもどせ改』も例に漏れず、コミカルな演出や登場人物を配置しながらも"ナシカ座らしさ"、例えば人の温かみや優しさを感じられる作品になっていました。

 

作品全体に質実剛健ともいえる手堅さがあり、コミカルなシーンやストーリーの起伏もバランスよく配置され見やすかったです。

 

2024年公演の『泡の流れのように』ではわかりやすい悪役ポジションの人物がいました。

それはそれでドラマに重厚感を与えていましたが、本作には悪役というより「恋のライバル」的な人物が登場します。

マサルの前に立ちはだかっても、どこか憎めない人物として描写されており、それもまた本作の柔らかい空気作りに貢献していました。

作品全体を通して人間のダメな部分を否定せず、信じることや寄り添うことができる人の心を感じることができました。

「既視感」が生まれた理由

一方でマサルのキャラクターや登場人物の配置、物語の展開にどうしても「既視感」を感じてしまいました。

 

ナシカ座の公演を観たのは過去に3回ほど。

『バックヤード・マーチ』という作品も兄と妹が登場し、ダメな兄がピンチに陥りながらもどうにかそれに向き合っていくといった内容でした。

本作とストーリー展開や人物の関係性が重なって見えてしまったのです。

 

orangecatblog.com

 

もちろん「愛をとりもどせ改」は、再演作という事情もあります。

しかしそれを踏まえても、過去に観劇したナシカ座の作品構造とどうにも似通って見えてしまいました。

 

「愛をとりもどせ改」ならではのセールスポイントが見えづらく、知っている物語をなぞっているように見えたことも偽りない本心です。

印象に残ったシーン

笑いを誘った“写真の取り違え”シーン

親友の義之に誘われ、マサルは車のセールスのバイトをはじめます。

思わぬ取り違えで、サクラが持ってきたマッチョな外人の写真の入った封筒を、車の写真を入れた封筒と思い込み取引先に送ってしまいました。

後日取引先にセールスの電話をかけるマサルですが、相手が車の写真を見ているつもりで話をします。

しかし取引先の社長は間違って届いたマッチョマンの写真を見ながら話をします。

 

アンジャッシュのすれ違いコントのように、勘違いの会話が偶然一致してしまう可笑しさがテンポよく描かれ笑ってしまいました。

異彩を放った神楽坂劇団

マサルのライバル登場に焦ったサクラは、演劇部の活動で知り合った神楽坂劇団に応援を頼みます。

いつの間にか千尋の部屋に隠れていた神楽坂劇団のメンバーはみんな個性的。

 

蒲田行進曲のメロディにのって登場するメンバーの格好は、忍者やチャイナ服など奇抜なものばかり。

そんな劇団員を束ねる代表の神楽坂洋子は、一際異彩を放っていました。

 

まるで歌手の美川憲一のような妖艶さと物事の本質をつく達観を持つ洋子。

AチームBチーム共に洋子を演じた女優たちは、絶妙な台詞のキレで生き生きと演じていました。

俳優陣について

Aチームで主人公のマサルを演じたのは田中耀大さんです。

さまざまな舞台に出演していますが、コントなどにも積極的に参加しています。

そうした経験で培われたコミカルな、演技はナシカ座の作風にマッチしていました。

初の主演ということで、作品にかける意気込みも伝わってきました。

 

前述した神楽坂洋子はAチームでは有森楓さん、Bチームでは山本双葉さんがそれぞれ担当。

年齢不詳のキャラクターではありますが、有森さんは「天性の才で人を引き付ける魅力を持つ人物」。

山本さんは「人生経験と知識で人を引き付ける魅力を持つ人物」。

それぞれ違うアプローチの洋子像を感じました。

 

演じるのが難しい人物だったかもしれませんが、それぞれの個性を見ることができたと思います。

 

Aチームで千尋の親友である立花えりを演じたのは長元流生さん。

サバサバとした男勝りの女性という役柄ですが、同時に面倒見のよい姉御肌の一面を上手く演じていました。

 

個人的なことですが、長元さんを見ていると一人の女優を思い浮かべました。

その女優とは水野久美さん。

昭和のゴジラシリーズや特撮映画などでも活躍し、未だ根強いファンを持つ女優さんです。

 

黒髪で目鼻立ちのクッキリとした長元さんは、『怪獣大戦争』で悲劇のX星人・波川を演じた時の水野久美さんにどこか似ている。

本当に個人的にですがそう感じました。

 

あるいは『フランケンシュタイン対地底怪獣』で、怪物であるフランケンシュタインを唯一人間として保護しようとした女性科学者・戸上が持っていた母性。

 

えりは気の強い人物でしたが、悲劇を背負っていたり、母性を感じたりするような役柄も長元さんには似合うのではと感じました。

 

同じくBチームでえりを演じた江口鮎香さんは、世間の酸いも甘いも噛み分けてきた等身大の女性像を出せていたと感じます。

「過去にこういうことがあったのではないか」と観客に想像させるだけの雰囲気がありました。

 

 

 

まとめ:変わらぬ魅力と今後の期待

変わらぬ魅力

『愛をとりもどせ改』はナシカ座の作品としてとても手堅い作品で、特にナシカ座の作品を初めて観る人には勧めたくなる作品でした。

またリピーターにとっても2チーム制であることから、それぞれ違った俳優の個性と熱量を感じることができたのではと思います。

さらなる挑戦に期待

個人的に今後のナシカ座に期待することは、シチュエーションを広げていくこと。

人情喜劇という芯は変えず、これまでのような家族や恋人の話とは違う題材を取り入れていけば既視感を回避できるのではと思いました。

 

例えば『男はつらいよ』や『釣りバカ日誌』などの映画は、基本的にストーリーは毎回同じです。

マンネリの時期がありながら、それでも続いた理由の1つは、作品ごとに舞台となる土地が違うこと。

土地が変われば、そこには当然その土地なりの人間の物語が生まれる。

 

ナシカ座なら例えば警察署や船の上、あるいは過去の時代など非日常のシチュエーションを舞台にすることで、これまでと違った物語が見られるのではと思いました。

最後に

正直な感想を書くということ

観劇したことをXにポストした後、何人かの俳優の方々から感謝の言葉をいただきました。

観たことを喜んでくださることは、観客としてやはり嬉しいものです。

だからこそ、こうして素直な感想を書き記すことには慎重になります。

 

ですがそれでも私は自分に刺さったこと、刺さらなかったことも含めて正直な感想を書き残しておきたいと思いました。

表現者への敬意と観客としての自分

舞台を上演するということは、部外者の私でも大変なことだというのは想像できます。

稽古、制作に宣伝、集客・・・

約2時間の公演をたった数日。

その幕が開くためには多くの人の労力と時間が費やされ、そして気持ちが重ならなければならない。

 

俳優たちはもちろん、照明や音響といったスタッフも含め表現者たちは最高の作品を見せるために本気で取り組んでいる。

 

であるならば、それを見た者として正直な気持ちを伝えることが私なりの彼らへの敬意です。

 

他者と歩幅を合わせることが苦手で、一人でやれる作業の道を選びました。

だからこそ互いに協力し、一つの物を作ることのできる人たちを心より尊敬します。