ナシカ座との出会い
福岡の劇団『ナシカ座』を知ったのは4年前、『九州コミティア』という同人誌即売会でのこと。
さまざまなブースの中でナシカ座のコーナーがあり、小さな舞台上で2名の俳優による短い芝居が行われていた。
代表の内田好政氏(@uchidakousei)が元お笑い芸人であり、その経験を活かした作風が上演されること。そうしたことが説明されていてた。
たまたまその場に居合わせただけだったが、ほとんど触れたことのない地域演劇の臨場感が今も記憶に残っている。
いつか行こうと思いながらその機会を得られないままだったが、ナシカ座第6回公演『最後は笑って』でようやく作品を観ることができた。
私が観劇したのは2つあるチームうちのBチーム。
主演は演劇プロデュースユニット『まちあわせ』の林純一郎氏(@ksefaavjmja)。
あらすじ
青柳寛二はお笑い芸人。相方の徹と『エンジョイトランプ』というコンビで活動している。
笑いの祭典『爆笑王グランプリ』で優勝するため、ライバルたちと日々競い合う日々を送る青柳。
そんな彼に大手企業『愛川ホテル』を経営する愛川栄子から奇妙な依頼が舞い込む。
「娘を笑わせたら1千万円を払う」
怪しみながらも、その依頼を引き受けることにした青柳。
しかし栄子の娘・いずみは気が強く、ことあるごとに青柳に反発。
いずみに手を焼く青柳だが、次第にいずみや栄子の隠された胸の内を知り・・・
感想
面白かった。
笑いあり涙あり、クオリティーの高い人情喜劇だと感じた。
そう感じた理由は堅実な構成。
多くのヒット作に共通している作りを、本作から感じることができた。
主人公である青柳は努力しているもののブレイクできない芸人。アルバイトをしなければ生計を立てることができない。
そんな青柳にいずみを笑わせるという目標が与えられる。
早い段階で物語のゴールが提示されていることに好感が持てた。
これは観客に対して、今後の展開に興味を持たせるためのフックを果たしている。
『最後は笑って』の上演時間は約95分。オーソドックスな長編映画とほぼ同じ長さ。
映画であれ演劇であれ、作品に対する観客の期待度は最初の約10分で決まる。
例えば大ヒットしている『シン・ウルトラマン』の冒頭10分は、ウルトラマンが登場してスペシウム光線を撃つまで。
映画館での体感時間はもっと長く感じたが、観客がだれないように構成されていたことがわかる。
『シン・ウルトラマン』では物語のゴールが冒頭で明示されたわけではない。
しかしウルトラマンが登場することで観客はこの先の物語に引き込まれる。
青柳が栄子から依頼される場面はそれと同質のものだ。
もちろん本作の魅力は冒頭の構成だけではない。
物語の中盤で青柳は栄子と本音を語り合い、いずみが抱えている問題・・・・・・ 難病のことを知る。
それにより青柳が気持ちを切り替える場面は、物語全体がここから後半に向かっていく転換点をアピールしていた。
いずみが幸せな結末をむかえるか、悲劇の結末をむかえるか。
青柳のドラマといずみのドラマ、2つの物語が重なる展開に目が離せなくなった。
しかし物語はあくまでも青柳の奮闘を中心に展開していく。
複数の人物が描かれる群像劇が破綻する最大の理由は、作品が「誰の物語か」ということを見失うためだ。
『最後は笑って』の優れている部分は、魅力的な登場人物を多数配置しながら物語の軸が最後までぶれない点にある。
全てのキャラクターが青柳のために存在しているというぶれなさ。
それが本作に最後まで一貫性を与えていた。
一方で役者陣の個性的な芝居により、没個性になるキャラクターがいないことも好感が持てた。
このように本作は、エンタメ作品として王道且つ堅実な構成。それに『お笑い』という自然にギャグシーンを作れる題材を投入。
しかも脚本を書いたのが実際にお笑いの世界を体験した内田氏であれば、面白くなることが決定しているのだ。
本作の会場は福岡市内にある『ぽんプラザホール』
会場には老若男女問わずたくさんの観客がいた。
既に4年近い活動実績のあるナシカ座だが、幅広い年代に支持されていることを感じた。
ストーリーはいずみの死という悲劇的な結末をむかえるが、ラストはそれを乗り越え進んでいく青柳たちの姿で締めくくられている。
見事なハッピーエンドであった。
だからこそ改めて本作は、エンタメというものに非常に堅実な作品だと思う。
では堅実な作品だからこそ本作に突き抜けた部分がなかったかといえばそうではない。
個性的な役者陣の存在が作品全体に熱を与えていた。
化学反応の魅力
ナシカ座の特徴は作品ごとに出演者をオーディションで選ぶこと。
出演者は俳優のみならず、演劇をしたいという熱意さえあればそれまでの活動内容は問わない。
『最後は笑って』の出演者も俳優や芸人、コスプレイヤーなどさまざまなジャンルで構成されている。
そして、そこには彼らが全力で取り組む生命力に溢れている。
そうしたジャンルの違う人々が混ざり合った時に起こる化学反応。
それが本作の面白さであると感じた。
具体的には本作のキャラクターたちには、人間誰しもが持つ『裏』の部分が感じられない。
笑うこと、怒ること、悲しむこと、全てに一生懸命だ。
秘密や隠された過去を持つ人物もいる。しかしそれを語るときでさえ、彼らは全力で語る。
よく『優しい世界』という単語を耳にするが『最後は笑って』はまさにそんな世界だ。
悪人がこの作品にはいない。
もっといえば悪意を感じる人物が本作には存在しない。
そう感じる理由こそ分野を問わずさまざまな出演者を集め、演者の熱意を優先させるナシカ座の方針にあると私は感じた。
かって国民的映画として人気を誇った人情喜劇『男はつらいよ』シリーズ。
『最後は笑って』を観た時に良作に共通するものを感じた。
さまざまなジャンルがエンタメ作品にはある。
そんな中で人情喜劇は、多くの作品を観て疲れた時に戻ってくる故郷のようなものだ。
いつ、どんな時代であっても故郷は失われない。
具体的な形がなくなっても心の中にあるように。
『最後は笑って』で映った役者陣の化学反応は、心に穏やか平穏を残してくれるものだった。
ナシカ座と、本作に携わった人々の今後の活躍に期待したい。