ネコはミカンを片手に夜明けを待つ

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『ララ・バイ』と井上敏樹脚本 ~最後に残るのは普通の人~

※この記事は作品のネタバレを含みます

2022年のスーパー戦隊シリーズ『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』が面白い。

その理由は何といってもキャラクターの個性の強さに尽きる。前作の『機界戦隊ゼンカイジャー』においても個性豊かなキャラクターたちが作品を盛り上げたが、ドンブラザーズもそれとはまた別ベクトルのキャラクターの個性を打ち出している。

主人公であるドンモモタロウ・桃井タロウの日常時と戦闘時の二面性をはじめ、オニシスター・鬼頭はるかの粗野な一面と仲間思いな一面、サルブラザー・猿原真一の博学だがこれまで一度も仕事をしていないという社会人としての態度、キジブラザー・雉野つよしの妻思いだがそれゆえに暴走しかける愛情、イヌブラザー・犬塚翼のヒーローでありながら逃亡犯というギャップ。

 

スーパー戦隊シリーズは基本的に一話完結の形式をとっており、先の展開への期待感は強敵の出現や新戦士の登場など主人公たち以外のガジェツトに頼る場合が多い。

それはヒーロー物のオーソドックスな作風だがドンブラザーズの場合はある意味その真逆であり、キャラクターの個性の強さにより次回でヒーローたちがどうなっているか先を読ませない。

それはこの記事を書いている第15話の時点で、イヌブラザーの正体が他のメンバーに知られていない展開からも感じることができる。

ドンブラザーズの脚本を手掛けているのは井上敏樹氏。

俗にいう『平成ライダーシリーズ』の1期に数多く携わり、ヒーローに変身する人物の弱さや迷い、人間の持つ邪悪さや醜さを描きだしてきた人物だ。

 

ヒーローといえでも一人の人間でありそれぞれの正義や目標もあれば人としての欠点もある。しかし彼らは力を手に入れヒーローとなった。

否、力を手に入れながらもそれを正しく使えているからヒーローといえるのだろう。

 

前置きが長くなったが、福岡の演劇プロデュースユニット・まちあわせの演劇作品『ララ・バイ』を鑑賞した後に井上敏樹の作品に通ずるものを感じた。

それは「最後に残るのは普通の人」「普通の尊さ」といったものであった。

『ララ・バイ』あらすじ

フリーライターの市ヶ谷ソウスケはパートナーと二人、とある田舎町のカップル専用シェアハウスに引っ越してくる。いつも喧嘩ばかりの怪しげなカップルや彼女にフラれたのに居座る留学生、怪しげな管理人・・・住人たちは快くソウスケ達を迎え入れる。しかし彼の本当の目的は、この街のとある宗教団体の調査だった。

引用:『ララ・バイ』フライヤー

群像劇である本作にはさまざまな人物のドラマが描かれ、それが少しずつ横の繋がりを観客にアピールしながら最終的に縦の物語として繋がっていく。

そして登場人物たちは、その多くが普通ではない裏の顔を持つ人物であることが明らかになる。

全体のギミックとしては映画『シックス・センス』や『シャッターアイランド』、『マルホランド・ドライブ』のように、観客にそれとは悟らせない巧妙な伏線を張ることで驚きを与えるものになっていた。

 

善人と思われていた人物に裏の顔があり、悪人と思われる人物にも裏の顔がある。

そうした登場人物たちが訴えているのは、人間は善と悪の二つの心がありそのどちらとも割り切れない存在であるという事実。

そして真実は自分の心が決めるということと、正義を訴えるには強い自制心が必要であるということ。

 

主人公のソウスケは亡き先輩の意思を受け継ぎ、カルト団体の闇を暴こうとする。

しかしカルト団体に拉致されたと思われていた漫画家・宮村ノノコの真実を知ることで自分自身のアイデンティティを揺さぶられることとなる。

この物語は最終的にソウスケを含めた多くの人物が破滅していくまでの物語だ。

まるで映画『マタンゴ』を観終わった後のように、何ともいえない後味の悪さが残る。

その一方で、頭ではわかってはいながらも目を背けがちな人間の黒い部分に向き合わなければならないという問題は、私たち全員が抱えている問題だ。

特にSNSの普及により他人のあらゆる言葉や行動を容易に閲覧できる現在では、否応なしに私たちは人間の闇を目にしなければならない。

 

さらにSNSで他人のキラキラした部分を見たときに感じる嫉妬心、虚栄心といった自分自身の醜さも容易に顔を出すようになってしまった。

私たちは学校や家庭で人間の素晴らしさを教えられながらも、目にするのは醜さばかりという矛盾した状態に置かれている。

 

『ララ・バイ』では自分に都合の悪いことから目を背けた人間の姿、現実を受け入れながらも自暴自棄になった人間の姿、そうした人間たちを利用する人間の姿など実にさまざまな人間の闇が描かれていた。

その一方で、悪人に見える人物にも良い部分があるということも本作では描かれている。

 

シェアハウスの住人・権藤タクマの借金の取り立てに来るホスト・野田タロウがそうだ。

借金取りという一見すると悪役の立場に見えるタロウだが、その一方で登場人物の中では一番思いやりがある人物として描かれている。

 

他の人物が自身の欲や弱さに敗北して破滅していく中であっても、タロウは普通の人間としてあり続けた。

 

このタロウの存在こそ『ララ・バイ』と井上敏樹脚本に共通点を感じた部分であった。

 

井上の作品では普通の人間の持つ強さが多く描かれている。

井上の代表作である『鳥人戦隊ジェットマン』はプロの戦士であるレッド以外は、たまたま戦士になってしまった人間たちの物語であった。

そのレッドも人間としての弱さを持ち、普通の人間である彼らは物語中盤までまとまることが出来ず敵に苦戦を強いられる。

だからこそ最終的に普通の人間である彼らが強い結束で強大な敵を倒す姿にカタルシスがあった。

また井上が手掛けた仮面ライダーシリーズの一つ『仮面ライダー555』では、敵も味方も含め力を手に入れた者たちが命を落としていく姿が描かれる。

そんな中で主人公の仲間である一般人・菊池啓太郎は、何の強い力を持たずとも主人公の支えとなり殺伐とした物語の中で最後まで生き残った一人となった。

『普通』と一口にいってもその定義は曖昧だ。善も悪も兼ね備えるのが人間なら、ソウスケもノノコもタクマもタロウも全て普通の人間である。

しかし、ソウスケやノノコは思考がある方向に偏りすぎてしまった。

そしてそれを抑えるだけの強さを彼らは持てなかった。何かに特化した行いをするのならば相応の責任が伴う。

人の境遇に理解を示し、お人好しなタロウが破滅せずに残ったのは彼が当たり前のことを当たり前に受け入れられる人間であったからだと感じる。

 

そう、当たり前なのだ。

人間である以上、他人にも自分にも醜い部分があるのは。

それがわかっていながらも、私たちはそれをどこかで見て見ぬふりをしようとする。

だからこそ他人の受け入れられない部分を目にしたときに、必要以上に相手を攻撃する話は後を絶たない。

いや、そもそも誰にも相手を攻撃する権利などありはしない。

 

『ララ・バイ』で描かれる人間の姿は、絵空事ではなく矛盾した現代社会を生きる私たちの姿そのものだ。

だからこそエゴをむき出しにするキャラクターにも魅力があり、悲劇的な末路を辿ろうともどこか見ている者の共感を呼ぶ力があり井上脚本に通じるものを感じた。

 

もちろんそこには演じた俳優陣のエネルギッシュな芝居の力と脚本の力があったことを忘れてはならない。

こうしたビターな結末を迎える作品に出会えるのも、人間というものを考える一つの機会であり舞台演劇の面白さを感じる至福の時間であったと感じる。

最後に『ララ・バイ』の中で謎の少女サツキを演じた今中智尋について。

個人的にファンなので、ブログという個人メディアの特権を活かして彼女のことを語ることにご容赦願いたい。

 

本作を観てこれまで観劇した作品の今中智尋とは、また違う一面が見れたことが嬉しかった。

私が観劇した作品はアクションがメインであったが『ララ・バイ』において初めて、アクションのない彼女の芝居に触れることができた。

サツキの持つ天真爛漫な部分はまさに今中智尋の本領が発揮された部分であったと感じる。

しかし実はその天真爛漫さこそが、サツキというキャラクターの正体の大いなる伏線であった。

その真実が判明した時のシリアスさと天真爛漫な時のギャップ。

涙を流しそうになる時の表情。

作品の中で全くことなる二つの面を表現する彼女の姿に、感情が動かされた。

 

サツキというキャラクターを考察すると、彼女の存在は「死は全てを解決しない」ということを訴えているように感じた。

その正体が死者であったサツキ。彼女にもラストで更なる苦しみが訪れる。

救われないキャラクターだが、だからこそ死者のことを自身の行動理由にするのならば強い意志をもたなければならなかったというソウスケの破滅にリンクするテーマが見え隠れする。

 

悪意に溢れる世界。だからこそ人は時に他人の存在を自分の大義名分に使う。

だがそれは決して現実逃避の方法であってはならない。

今中智尋が演じた悲劇の少女・サツキを思う時そのことを忘れたくはないと思った。

 

そして一人の女優として、今後も新しい役を演じる彼女の姿を見届けていきたい。

 

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この記事で紹介した映画について

個人的に『ララ・バイ』に通じるものを感じた映画を参考までに紹介します。

シックスセンス

言わずもがなよく知られた名作。

死者が見える少年と小児精神科医の交流を描き、アカデミー賞で数々の賞にノミネートされた。

シャッターアイランド

レオナルド・ディカプリオ主演のミステリー映画。ある島の謎を追う連邦保安官の姿と彼を待つ驚愕の真実を描いた作品。

マルホランド・ドライブ

カルト映画の帝王デイヴィッド・リンチの監督作。作品に秘められた数多くのギミックが話題を呼び、第54回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞。

マタンゴ

嵐で遭難した若者グループがたどり着いた島は水爆実験の影響で以上進化したキノコ・マタンゴが生息する島。その中でむき出しになっていく人間の醜さを描いたホラー映画。