そのメイドと出会ったのは「めるドナ」というメイドカフェを利用し始めたばかりの頃。
まだ3回目か4回目、そんな頃でした。
日本人離れしたというのか、綺麗な瞳が印象的な顔立ちで大きな存在感がありました。
漫画の中にいても違和感がない。
それくらい可愛い方だと思いましたね。
出会ってから彼女が店を卒業するまで、約5年のつきあでしたが、長いようで短いあっという間の年月でした。
振り返ると彼女と過ごした日々は、世の中が大きく動いていた時期と重なります。
彼女と出会った年に令和が始まり、翌年コロナ禍になりました。
それが3年ほど続いた後は、目に見えて伝わってくる不景気の拡大。
街に目を向けると、コンカフェが次々にオープンしましたが閉店した店も少なくはありません。
自分にとっても、これまでの人生で最も出会いと別れの多い5年間でした。
彼女の姿で一番印象に残っているのは、2022年2月に開催されたメイドたちによるライブです。
応援していた子たちのライブを観れたのは、今考えるととても貴重な時間でした。
メイド一人一人が歌のチョイスにそれぞれの個性が見えて、それが楽しかったですね。
その中で彼女は、王道のアイドルといったパフォーマンスで爽やかな歌声を披露していました。
彼女のステージを観たのはこれが最初で最後。
今のところこの時が店にとって最後のライブイベントになっているので、本当にかけがえない時間でした。
長く店にいてくれた彼女の存在はいつしか日常になっていました。
もちろん、別れの日を考えなかったわけではありません。
でも、それはまだ先だと無意識のうちに思っていました。
ですがある日「ああその時が来たんだな」と直感的に思った日があって、卒業の前に一度彼女に会いに行きました。
久しぶりに会った彼女は出会った時と変わらない温かい雰囲気。
その時に交わした会話は、これまでの日々を振り返ったものでした。
彼女と出会った頃は、その時点である程度長く在籍している子たちが多くいました。
だからこそメイドたちの一体感も強かった。
そんな一体感が次は今の子たちにも生まれたら……
そんな気持ちを語ってくれました。
その言葉から店と後輩たちへの愛情を感じました。
彼女をはじめとした素晴らしいメイドたちと過ごせた時間は、私にとって幸せな時間でした。
ですがもちろん楽しいことだけではありません。
出会いと別れの中で辛いこともたくさんありました。
時間が経った今でも、消えない寂しさや悲しさもあります。
そうした感情もまた、今しか感じられないものかもしれません。
だから無理に昇華するでもなく、卑下するでもなく、それはありのまま抱えていこうと思います。
彼女と語り合ってからあっという間に時は過ぎ、いよいよ卒業当日になりました。
この日は店のOBも駆けつけ、まるで昔に戻ったような気持ちになりました。
彼女の人柄がそうさせるのか、卒業イベントにも関わらず店内は寂しさよりも、長く勤めた彼女を労うようにお客さんの笑顔であふれていました。
これが最後になる彼女のソロチェキを撮った時、気持ちばかりの別れのプレゼントをしました。
「そういえば誕生イベントの時にもらったもの、今でも大事にしてますよ」
撮り終え時に彼女が教えてくれました。その言葉が嬉しかったです。
実は忙しい日々に追われて、私自身は彼女にプレゼントをあげたことをすっかり忘れていました。
だけど彼女は覚えていてくれた。そのことがたまらなく嬉しかったです。
同時にやはり寂しくもなりました。
彼女と過ごした想い出が遠くなってしまったことと、彼女が卒業することが実感として伝わってきたからです。
数え切れないくらいたくさんのメイドの卒業を見送ってきましたが、やはり慣れることはありません。
ラストオーダーの時間になりました。注文したのはトマトジュース。
好きな飲物で、彼女と出会ったばかりの頃もよく注文して飲んでいました。
まるで彼女と出会った時と今が環のようにつながり、終わりには相応しいと思いました。
そして閉店時間が訪れ彼女が最後の挨拶をしました。
ずっと卒業を見送る立場だった彼女。
その彼女がたくさんの人に見送られて旅立とうとしている。
美しい瞳からあふれんばかりの涙を流しながら挨拶を終えた彼女に、私は心からの拍手を送りました。
こうして彼女の長いメイド時間、そして私が彼女と過ごした時間は終わりました。
卒業の前に彼女と話した時「今の子たちは今の子たちなりに、時代に合わせたお店を作っていけばいいのではないか」と私は言いました。
だけどそれはそれとして、やっぱり彼女が語ってくれた「一体感」を今の子たちも育んでいってくれたらと思います。
私が彼女に出会う前からお店はありました。だから店の歴史の中で名前も顔もしらないメイドもたくさんいます。
それでも私は、とても良い時代にこの店に出会えた幸福な人間だったと思います。
メイドたちの一体感が作り出した店の雰囲気。それはどんなお客さんにも親切に対応してくれる優しさでした。
それに心励まされたことも、救われたことも何度もありました。
かつて私が感じたその優しさを、これからは今の子たちがこれからこの店に出会うお客さんたちに伝えていってほしい。
それが私の願いです。
そしてどうか忘れないでください。お客さんの笑顔のために頑張った、素敵な先輩である彼女のことを。
いつまでも・・・・・・
長い間本当にお疲れ様でした。たくさんお世話になりました。
どうか笑顔を忘れずに、またいつの日か。
素敵な未来に向かって行ってらっしゃいませ。