音楽を題材にした小説って、作品自体から曲が聴こえてくるような感覚になる時があります。
私の場合は宮下奈都先生の「羊と鋼の森」を読んだ時その感覚になりました。
森絵都先生の小説「リズム」は作品自体が青春ソングです。
大袈裟な部分は一切無くて、素朴で誰にでも起こるような学生時代の「ある一時」が描かれています。
文体も文字通り「リズム」よく読める作品でした。
作品紹介
タイトル:リズム
出版社:角川書店
作者:森絵都
1968年東京都出身。1991年「リズム」で講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー。
代表作は「みかづき」「DIVE!!」「ラン」など。
あらすじ
藤井さゆきは中学一年生。いとこで近所に住む真兄ちゃんが大好きだった。
学校に行かずバイトをしながらバンド活動をしている真兄ちゃんを、さゆきの家族も真兄ちゃんの家族もよく思っていない。
ある日、さゆきは真兄ちゃんの両親が離婚するという話を聞く。
大好きだった真兄ちゃんとその家族の問題に揺れるさゆきの心は‥‥‥
感想
この作品は森絵都先生のデビュー作です。
先生の作品は「ラン」とか「みかづき」とか単語一つの作品が多いんですがデビュー時点で既にそうだったことを読んでから知りました。
覚えやすいタイトルだけど、どの作品も内容を単語一つで表せるセンスは凄いです。
主人公・さゆきはごくごく普通の中学生で、真兄ちゃんへの気持ちが読んでいて可愛かったですね。
恋愛感情というより、本当に純粋な「憧れ」だと感じました。
さゆきは「変わらないものが好き」な少女です。
中学生の時期って、少しずつ「勉強しろ勉強しろ」の圧が強くなる時期じゃないですか。
家族や周囲の人の態度も変わってくる時代。だけど真兄ちゃんだけは少しも変わらずさゆきに接してくれる。
二人の接し方は兄妹のようです。
さゆきには勉強熱心な姉がいるんですが、それと対照的な真兄ちゃんとの関りを通して、さゆきが色々な価値観に触れている過程が温かい。
そう、さゆきだけのリズム。それを大切にしてれば、まわりがどんなに変わっても、さゆきはさゆきのままでいられるかもしれない
引用:「リズム」森絵都(角川書店)
終盤、東京に旅立つ真兄ちゃんがさゆきに言った台詞です。
いいですよね、こういうことを言ってくれる人が身近にいるって。
否応なく色々な変化を受け入れざるを得ないさゆき。
自分を見失いそうになったら流されず自分のリズムを取る。
森絵都先生がこの作品で訴えたいことが感じられます。
「どんな変化があっても、君は君のままでいい」
大人も楽しめる作品ですが、この作品がメインターゲットとしているのがどの世代なのかと考えると私にはこのように感じられました。
テツの存在
真兄ちゃんの家の離婚問題に加え、さゆきには別の問題もあります。
同級生の男子・テツです。
気の弱いいじめられっ子のテツは幼いころからの腐れ縁。
テツは真兄ちゃんともよく遊んでました。
見かねたさゆきはいじめっ子からテツを助けます。
テツ、本当にいい奴なんです。
小さい兄弟たちの優しいお兄ちゃん。
真兄ちゃんが旅立つことを知ったテツはさゆきのために強くなることを決心します。
憎まれ口を叩きながらもそれを受け入れるさゆき。
変わらないものが好きなはずのさゆきが変わろうとするテツを受け入れることでさゆき自身も変わりつつあることが伺えます。
答えのない問題に向き合う
それまで当たり前に存在すると思っていた世界が変わろうとする時どう向き合うか。
この作品のテーマです。
真兄ちゃんの両親の離婚と真兄ちゃんとの別れ。
さゆきにできるのはそれらを受け入れることだけでした。
覚えはないでしょうか?
中学や高校時代に気持ちだけはあっても、何かをやるための力がなかった感覚に。
さゆきが向き合ったのはそれだと思います。誰もが通る道です。
答えは無い。真兄ちゃんの言ったように自分のリズムを取ることが大事。
大人もそうで、気持ちが空回りしそうになったら自分のリズムを作ることを意識したいですね。