ネコはミカンを片手に夜明けを待つ

日々の中で出会った映画・本・お店、演劇や物などを総合的に紹介する雑記ブログです。

星の見えない空に 〜僕と推しと時々ぴえん その2〜 

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僕の人生は常に空想の中にあった。

幼い頃から外で遊ぶよりテレビやゲームが好きだったが、そうした性分は必然的に僕を内向的な人間へと成長させた。

 

高校生の時、僕は当時同じクラスにいたMさんに片思いをしていた。

Mさんはある有名歌手に似た綺麗な人だったが、今考えれば僕のような根暗男がよくもまあお近づきになりたいなどと分不相応なことを考えたものだと呆れてしまう。

某赤い彗星の言葉を借りるなら「これが若さ」というものである。

 

あれは修学旅行の時だったが、実家に電話を掛けようと京都でホテルの公衆電話(当時はまだ田舎で携帯を持っている高校生は少なかった)の前に来たら偶然Mさんがいた。

はっきり聞こえたわけではないが、何となく深刻なことを話しているような雰囲気を感じた。

その時の僕は、まるで自分だけが誰も知らない彼女の特別な場面を見たような気持になっていた。

彼女は何か家庭に事情を抱えた薄幸の美人‥‥‥ 

何の根拠もないにも関わらず、僕の脳内でそんなイメージが勝手に出来上がっていた。

 

仲良くなりたかったのなら結果がどうであれ話しかけてみればいい。

今ならそう思えるが、当時Mさんに対して僕がしたことといえば頭の中で勝手に彼女のイメージを作っただけ。

現実の彼女に向き合う勇気を僕は出そうとしなかった。

薄幸の美人を見守る自分。

そんな馬鹿馬鹿しく、最高にダサい空想に僕は入り込んで酔っていた。

かろうじて卒業式の日に、一緒に写真を撮ってくれと震える声で頼めたことが救いである。

 

空想は現実より居心地がいい。自分が傷つくこともない。

 

大学生の時にある女優のファンになった。

某テレビ作品にヒロインとして出演していた人でその人のグッズも買った。

しかし、ある日突然彼女は芸能界から姿を消した。理由は今も分からない。

虚しい。ただただ虚しい。

結局現実の人間を応援するより、空想のキャラクターを応援した方が傷つかない。悩むことも無い。

永遠に止まった時間の中に逃げ込むように、僕は現実を見ているふりをしてその実は何も見ないようにして生きていた。

 

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そんな僕の前に現れたのが、メイドカフェで出会った一人の女の子だった。

 「昔アイドルでした」

彼女からそう聞いた時、何ともいえない驚きがしたのを覚えている。

そうした経歴を持つ人に出会うのは人生で初めてだったし、そんな人に出会えるメイドカフェという場所への驚きもあった。

今思い出すと、この時僕はある種の不安も感じていたと思う。

 

空想の世界しか見てこなかった自分が、彼女と上手く話せるのか。

 

彼女と出会ったばかりの頃、僕は自分自身に後ろめたさを感じていたのだ。

今思えば何を恐れていたのかと他人事のように感じるが、そうした気持ちが確かにあった。

だけど同じ時間を過ごす中で、いつの間にか彼女は僕にとって大事な推しとなっていた。

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彼女から想い出を聞いたことがある。

大変なことも楽しかったことも経験し、たくさんの出会いがあったアイドル時代。

その後に飛び込んだメイドの世界。

話を引き出すことが苦手で、人とコミュニケーションをとることはアイドルより大変な部分もあったこと。

だけど続けていくうちに慣れてきたこと。

 

今の堂々とした様子からは想像できない姿だったけれど、それだけ彼女は努力を重ねてきたのだと僕は思った。

 

「みんなに支えてもらったお陰だから、みなさんにありがとう」

 

彼女が呟いた。その笑顔は太陽のように輝いていて、その明かりは僕を優しく包んだ。

そんな明かりに、僕は遠い昔出会ったことがある。

宇宙の彼方からやって来た巨人、輝く鎧を纏って命を救うために活躍した若者たち、便利な道具で助けてくれる青いロボット‥‥‥

空想の中で出会った彼らは幼い僕に楽しい時間をくれた明かりだった。

僕にも友達と一緒に、そんな彼らを見ながら楽しんだ記憶が確かにある。

 

いつからだろう? 彼らを逃げ場所にして生きるようになったのは。

その始まりがどこだったのかはもう分からない。

確かなことは、そのせいで失ってしまったものがたくさんあるということだ。

今ならわかる。僕はもっと現実を大切にするべきだった。

Mさんに写真を撮って欲しいと頼んだ勇気を大切にするべきだった。

突然の頼みにも関わらず、Mさんは快く僕と写真を撮ってくれたというのに。

 

「もし何かが違っていたら私はここにいることも、大好きな今の友達に出会うこともなかった。そう考えると怖いですね」

彼女はこう語った。それは僕も同じだ。何かが違っていたら僕は彼女に会えなかった。それを想像すると怖い。

 

だけど同時にこうも考えた。

「間違いだらけのような僕の選択も、彼女に出会うためにあったのではないか」と。

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「いらっしゃいませご主人様」

赤い浴衣を着た彼女が出迎えてくれた。明るい髪色もよく似合っていて、浴衣姿がとても可愛い。

「ツーショットチェキをお願いします。一緒に線香花火を持つポーズで」

僕は彼女と一緒に写真を撮る。この日一緒に入っていたメイドが素敵な写真を撮ってくれた。

二人ともありがとう。今年も夏の想い出ができた。

 

もしも何かが違っていたら、きっと僕には違う夏の想い出ができていただろう。

それは辛いものだったかもしれないし、逆に楽しいものだったかもしれない。

だけどこれが僕だ。

彼女と出会って、彼女と過ごす時間を生きて楽しむのが僕だ。

僕はここに生きている。僕は今現実を楽しいと思っている。

 

この日の帰り道は久しぶりに雨が降った。世界は変わり続け、未だに先は見えない。

風の噂によると、Mさんも今は子育てを頑張っているという。楽しいことばかりでなく、きっと大変なこともあるだろう。

不安を感じる時もある。だけどそんな時には闇の中で迷い、堕ちてしまわないように僕は僕が出会った明かりを思いだそう。

厚い雲の上にも、今日も星は輝いているのだから。