「桃太郎」の物語には様々な種類がある。
芥川龍之介が独自の解釈で記した「桃太郎」や、解釈を広げれば人気ゲーム「桃太郎電鉄」もそうだろう。
ウルトラマンシリーズの一つ「ウルトラマンタロウ」は現代のおとぎ話として製作された。
ヒーローのウルトラマンタロウが桃太郎、怪獣と戦う防衛チームが犬と猿ときじ、鬼はもちろん怪獣だ。
現在進行形で展開する桃太郎というコンテンツだが、舞台「LEGENDARY 桃源郷」も斬新な設定が魅力の桃太郎作品であった。
「陰陽道」と組み合わさって存在する物語は、桃太郎の本の中が舞台となる。
陰陽道の主人公・稚武彦乃命の魂の一部を受け継いだ桃太郎を演じるのが今中智尋だ。
桃から生まれ短い時間で成長した桃太郎は、村の子どもたちに虐められている。
そこに現れたのが桃太郎の姉の舞姫だ。
舞姫を演じるのは「陰陽道」で王丹を演じた赤星歩夢。
当然その姿は王丹と同じなのだが、これが物語の中で重要な意味を持つ。
人並外れた怪力を持ちながらも、それが原因で虐められる桃太郎を舞姫は守る。
赤星歩夢の演技は登場した瞬間から叫び続ける凄まじいものだった。
その叫びは会場中を圧倒する力を持っていた。
一体どれだけの体力があればこれだけ叫び続けることができるのか。
誤魔化しが効かない舞台は、役者の持つ力がダイレクトに観客に伝わる。
全身全霊の演技が凄まじい女優だと感じた。
それは今中智尋も同じだ。
民を思う皇族の稚武彦と平民の桃太郎は似て非なる存在である。
桃太郎は強い力を持つ反面、自分の存在に悩む繊細さを兼ね備えている。
この悩む主人公の演技を今中智尋は完全に演じ分けていた。
二人の前に阿曽媛が現れる。彼女は桃太郎にこの世界での使命を伝える。
ここで「陰陽道」と「桃源郷」の物語がリンクした。
ここで桃太郎は自身のアイデンティティに悩むのだが、今中智尋の苦悩する表情は少年の多感な感情を観客に見事に伝えている。
阿曽媛は桃太郎に使命を思い出させるため鬼を呼び出し戦わせる。
この鬼・悪鬼を演じるのは陽project代表のシマハラヒデキだ。
そのダイナミックなアクションは観客を大いに魅了した。
ステージ高所からのジャンプに続く縦横無尽に動き回るアクション。
プロジェクターを使っての、まるで格闘ゲームを彷彿とさせる演出も迫力と楽しさが同居し観客を飽きさせない。
そして桃太郎を守るべく舞姫が重要な役割を果たす。
「桃源郷」は桃太郎の物語であると同時に舞姫の物語でもあるのだ。
鬼が出現し始めた世界に平和をもたらすため、桃太郎は鬼ヶ島に鬼退治に向かう。
そこで待っていたのは鬼神温羅と一体化した吉備津彦乃命であった。
今中智尋と同じく吉備津彦役の窪津りのもまた、難しい役柄に真正面から挑戦している。
「陰陽道」と同じようで違っているキャラクターだ。
桃太郎たちの必死の呼びかけにより吉備津彦の魂が甦り、事態は一応の解決を見る。
だがそれは事件の終わりではなかった。
依然として出現し続ける鬼達。桃太郎は全ての決着をつけるために犬飼武の元に向かう。
「ループもの」という物語のジャンルがある。
簡単にいえば作品の時間軸の中で何度も物語が繰り返されるというものだ。
未見の方に分かり辛い例えで恐縮だが「仮面ライダー龍騎」という作品がある。
2002年に放送され、13人の仮面ライダーが最後の一人になるまで戦うという設定で話題となった。
この作品もループもので、最終的に物語は仮面ライダーが存在しない世界が生み出され幕を閉じる。
本作「桃源郷」もループものだ。
数え切れないほど繰り返された鬼が倒される物語の終着点として、鬼が倒されない世界が生まれる。
それは人の業から生まれた鬼にようやく訪れた救いの物語だ。
桃太郎が鬼を倒す誰もが知る痛快な英雄譚は、鬼を倒さず救う英雄の物語として令和の時代に新生した。
「物語」の持つ無限の可能性を改めて知った舞台であった。
もちろん本作の魅力はテーマ的なものだけに留まらない。
「陰陽道」が文字通り陰の物語であるなら、「桃源郷」は陽の物語だ。
陰陽道以上のアクションシーン、スーパー戦隊シリーズのエンディングを彷彿とさせるラストのダンスシーンなど娯楽色に溢れた一大巨編であった。
また鬼退治に向かう桃太郎と舞姫という姉弟の姿は、昨今大ブームを巻き起こした「鬼滅の刃」の竈門炭治郎と禰豆子の兄妹を彷彿とさせる設定だ。
もちろん本作の軸の部分は鬼滅の刃とは別物だが、これにより年少の観客に親しみやすい作風になっていると感じた。
その中心にいた今中智尋が放つ存在感を忘れてはならない。
稚武彦が真っ直ぐな性格の孫悟空なら、桃太郎は繊細な感情を持つ「新世紀エヴァンゲリオン」の主人公・碇シンジだ。
対局に位置するような主人公同士だが、演じている声優は両方とも女性だ。
少年の持つ複雑かつ繊細な心の動きを、微妙な表情の変化まで女性ならではの感性で表現した今中智尋のポテンシャルは凄まじい。
「自分を信じることができれば他人と比べる必要はない」
これは桃太郎の台詞だ。
彼女の演技が魅力的なのは、この言葉のように彼女が自分を信じ抜いたからだと感じている。
最後の挨拶の時に今中智尋の目に溢れていた涙が忘れられない。
「私のことを知っている人いますか?」
彼女が問いかける。私は万感の思いで拍手を送った。
「もちろん知っているよ」
そのことを伝えたかった。
私は知っている。
彼女の存在がどれだけ周りの人々を支えているかを、彼女の明るさがたくさんの人を笑顔にしていることを。
どれほどの逆境であっても、苦しさを他人に感じさせず人々を勇気づける存在。
それを英雄と呼ぶのであれば、今中智尋はまさに桃太郎の如き英雄であった。
彼女の演技に触れる場を与えてくださった、本作の関係者の方々全員に感謝したい。
そして彼女を見守り支えてきた全ての人々にも心より感謝する。
いつか再び彼女の演技を観れる日が来ることを強く願う。
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