ネコはミカンを片手に夜明けを待つ

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太陽を追いかけて 〜舞台演劇『妖怪事変』感想〜 その2

 

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理解されること、人を信じること。

 

怖い。

 

例えば理解されたとして、わかってくれたと安心するよりも軽蔑されたんじゃないかと思う不安。

信じてもらえたとして、失敗をした時にその信頼を壊してしまうんじゃないかという不安。

そんなことになるくらいなら、最初から信じなければ傷は軽い。

わかってくれたと思うより、どうせわかってくれないと思う方が「やっぱりそうだよね」で終わらせられる。

 

「信じられぬと嘆くよりも 人を信じて傷つく方がいい」というのは金八先生の歌だったか。

だけどやっぱり傷つくのは嫌だ。特に相手を大切だと思えば思うほど傷つきたくない、傷つけたくない。

そんな気持ちでいっぱいになる。

智尋さん、私は・・・・・・

「ちーちゃんですよね!知っていますよ!」

色々な場所に行き、終演後に俳優と話をして何がきっかけで演劇を観るようになったか尋ねられた。

「今中智尋さんがきっかけで」

と答えると、過去に彼女と共演したことのある人にも出会う。

 

「凄く元気で頑張り屋さんなんです」

その人が教えてくれた。そうか、自分の知らない場所でもやっぱり彼女はみんなのために頑張っているのだと知れて嬉しくなった。

「太陽ですよね、智尋さんは。大変な時もあると思うけど、そんな時に力になれるよう応援していきたいです」

周りでは何人かの人が話を聞いている。あまり演劇に馴染みはないらしい。

今中智尋というとても素敵な人の名が、その人たちに覚えてもらえたら嬉しいと思った。

 

妖怪事変で描かれた治と猫娘の物語は、今中智尋と私のこれまでにどこか重なる。

だけど決定的に違うのは、私自身は以前の私と変われていないこと。

 

「◯◯さんが努力していること、ちゃんと知っていますよ」

以前色々と今や未来への不安を抱えていることを話した時に、彼女がそう優しく言葉をかけてくれた。

 

嬉しかった。だけど同時に申し訳なかった。

 

私は彼女や、出会った人たちのように未来につながる努力をしていない。

ただ日銭を稼ぐことに夢中で、そんな日々に不安で、それがわかっていても改善するための努力に向き合うのが嫌で逃げ場所を求めて色々なことにお金を使った。

 

必ずしも全てがそういう時ばかりではなかったけれど、そんな自堕落な生活を繰り返してきていたのは確かだ。

優しい彼女の言葉が嬉しかった。

 

だけど智尋さん・・・・・・ 本当は、私はあなたにそんな言葉をかけていただけるような価値のある人間ではないんです。

 

舞台の上で真っ直ぐに夢を語る猫娘の姿が、太陽のように眩しかった。

 

宴の終わりに

本当に観たいと思っていたものが全て詰まった作品だった。こんなにもこの場所に来てよかったと思えたのはいつ以来だろう。

 

いや、そうじゃないのかもしれない。

今中智尋がいてくれる場所。そこは私にとっていつだって来てよかったと思える場所だった。

 

猫娘のライブシーンがある。重要なこの場面を、溜めに溜めて終盤に持ってきた展開に胸が熱くなった。

最後の妖怪が集合する場面で披露された彼女の大道芸。これも見たかったものだ。

改めて本当に凄い人だと思う。

 

彼女だけではない。本作はそれぞれの俳優が特技を披露できる場面が自然な形で挿入されている。

初めて観た人は純粋に楽しむことができるだろう。

逆にこれまでの各人の活動を知る人であれば、そうした俳優たちの人柄をつぶさに観察し、どうしたら魅力的に見えるか考え抜かれた脚本と演出に魅了されたはずだ。

 

果たして舞台の上にいるのは猫娘なのか、それとも今中智尋なのかどちらなのだろうと思った。

これはマイナスな意味ではない。

それくらい演じる役柄と俳優自身が重なるように考えられているため、猫娘の言葉がそのまま彼女の言葉として伝わってくる。

 

猫娘の人の心を前向きにさせる言葉。

それは、いつか今中智尋が私にいってくれたような優しい言葉。

 

智尋さん、これはきっとあなたの心だったんじゃないかと思いましたよ。

きっと大丈夫だよ。智尋さんが頑張って全力で伝えたいと思ったこと、たくさんの人に届きましたよ。

 

沈まない太陽

生きる目的というほどの大きなものではないけれど、今中智尋に出会って、この作品を観て人を理解できる人間になりたいと思った。

何をシン・仮面ライダーみたいなこといっるてんだ。そう思う人もいるかもしれない。

 

それでも私にとって自分で閉ざした世界を広げて、放棄してきた人を理解する努力を継続することは意義のあることだ。

生涯を賭けたとしてもできないかもしれない。人というのがどれだけ複雑なものなのかは自分にもわかる。

 

それでもその努力を諦めたくないと思った。

そしていつか彼女からもらった言葉に値する・・・・・・ 自分をそう信じられるような私自身になりたい。

 

千秋楽の最後の公演後、物販で彼女の姿を見た。最後までファンに丁寧に向き合い、疲れ一つ表に出さない姿がそこにある。

ずっとそうだった。その姿に何度も励まされてきた。

 

出会ってくれてありがとう。

 

心からそう思った。これかも彼女はきっと輝き続ける。それは決して沈むことのない太陽のように。

 

終わりに

あんまり人生の中で年下と関わる経験がなかったんですよね。

仕事もどっちかといえば一人でできる方を選んできたし、年上と話す方が気が楽だったし。

でもただの観客に過ぎないけれど、智尋さんをきっかけにたくさんの若い俳優さんたちと出会えたことは確実に自分の人生のプラスになっていますね。

 

心の若返りっていうのかな。こういうと人生の先輩たちに怒られそうだけど、ただでさえ閉ざして固くなっていた自分自身が年齢重ねるごとに余計に頑なになっている。

確実にそれを感じてたんです。

だから月並みな言い方だけど、全力で今を生きる若い人たちの姿に心が掻き立てられるんですよね。

本当に素晴らしい作品を観せてもらって、改めて劇団テンペストの方々に感謝します。

その中でも代表として本作を作ってくれた武東亜斗夢さんには本当にありがとうと伝えたいです。

 

この街に来て色々な人に出会って、いつかその人たちが一つの場所に集まる作品が観れたらと思っていました。

その夢を亜斗夢さんが叶えてくれた。

本作を公演することは亜斗夢さんの夢でもあったと思いますが、私にとっても本作は夢だったんですよね。

会場に行って、久しぶりに会う俳優さんたちもいて、でも私のこと覚えていてくれて。

 

そういう時に自分のこの街の一員になれたのかなって思ったんです。

 

改めて劇団テンペストをはじめ本作に携わった出演者、スタッフの皆さん本当にお疲れさまでした。素敵な宴をありがとうございました。

そして今中智尋さん

どうか体を大切にして元気でいてくださいね。

 

妖怪たちが治は自分たちの希望という場面がありました。

私にとっての希望は智尋さんがこの世界にいてくれること。

いつかまた

 

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