その女性に出会ったのは、確か年号が令和に変わったばかりの時だった。
あの頃の私は仕事の帰りがけに、路上で歌う人の歌を気ままに聴いていた。
福岡市にある警固公園。日が沈み、月が輝きはじめればそこは夢を追う若者たちのステージとなる。
公園の端っこ、西鉄福岡駅の改札に近い一帯。その日も楽器を抱えた何人かの若者が準備をしていた。
その前を通り過ぎていく、忙しなく歩くたくさんの人々。
『たまには聴いてみるのもいいものだぞ』
と心の中で思いながら、誰の歌を聴くか考えながらしばらくその辺りをうろついていた。
ふと、一人の女性に目が留まった。まだ一曲も歌っていないのだろうか。しばらくその場に座っていた。
どうしてその女性だったのか、それは今考えてもわからない。だが、ほとんど直感で頭の中に声がした。
『今日は彼女だ』
少しして彼女が立ち上がる。電車と車と人の足音と側で歌う別の歌手の声がミックスされ公園に響いていた。
「saya.です」
緊張したような笑顔で彼女が言った。そして初めて聴く、それでいてどこか懐かしい歌声が夜空に響いた。
部分的衝動
東京を中心に活動されているシンガーソングライターのsaya.(さや)さん。
私がお会いした時は、お仕事で福岡に来られている時でした。
最初に聴いた曲が何という歌だったのかはもう覚えていないのですが、とても素朴で聴き心地の良い声だったことが印象に残っています。
saya.さんの歌を強く意識したのは彼女のCD「部分的衝動」を聴いてからでした。
一期一会の機会でもあるので購入したCD。今でも車の中で聴いているお気に入りの一枚です。
saya.さんの魅力は歌声も勿論ですが、詞の世界観が際立っていて心揺さぶられました。
どの歌もそれぞれが物語を持っている。まるで映画のように。
例えば一番最初に収録されている「少女たち」という歌。
警固公園路上ライブ
— saya. (@syeeing) May 1, 2019
チラ見せ𓆜𓆜
YouTubeにフル後ほど載せます◎
saya./少女たち#シンガーソングライター #路上ライブ #警固公園 #福岡
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フィクションでは清潔さや純粋さの比喩として使われることもある黒い髪や白いブラウス。
それが少女にとっては「戦闘服」なのだという視点。
それは男の私では到底考えもつかないことでしたので、その部分で真っ先に心を掴まれました。
「少女たち」の詞の中で描かれるのは、打算も無く余計な未来に臆することもなく今を生きようとする少女たちの心。
この歌を聴くたびに、頭の中で映画の場面のように衝突と和解を繰り返しながら全力で一瞬一瞬を生きる少女たちの姿が流れます。
その映画は自分の妄想なんですが、そうしたことが浮かんでくるような物語性を持った歌詞。
それがsayaさんの歌です。
繰り返す日常の揺れる繊細な心理を歌った「たばこ」。過ぎ去る今日への愛しさと、未知の明日への葛藤を感じる「riders」。
ある瞬間、唐突に湧き上がってくる不安と愛情を歌った「衝動」。日常生活の何気ない風景から、離れてしまった大切な人のことを思う気持ちを表現した「きいろ」。
これらの歌から感じたのは、saya.さんの歌はすごく地に足の着いた世界観だということ。
それは、遥か遠くで星のように光るラブアンドピースや理想とかを歌ってはいない。木が大地に根を張るように、街や部屋や服に息づく人の心。
何かを取りに行けと急かすのではなく、寄り添うようにそこに存在するというか……
不安を打ち消し、気持ちを上げる言葉は多分たくさんあると思うんです。だけど、寄り添うというのは難しい。
「私は貴方に寄り添ってる」
と言っても、それがどういうことなのかわからないわけですから。
だけどsaya.さんの歌を聴いていると、何となくだけど生々しい人間の感情を感じるんです。
それはマイナスな意味じゃなくて、とても穏やかな気持ちになることができる。
「寄り添っている」。これは、理屈じゃなくて感覚なんだなということを感じました。
地に足の着いた世界観。それを伝えるsaya.さんの歌声。
最初に出会った時に感じたのですが、本当にどこか懐かしい感じがしました。過去に似た人に出会ったわけでもないのに。
それは多分、saya.さんの歌はまるで故郷の風景のようだったから。
過去は全て美しくなるというけど、楽しいことも嫌なこともあった故郷。
だけど、そうしたことを全てひっくるめて思い出すだけで心が落ち着いてくる場所。自分の原風景。
saya.さんの世界観は、彼女にしか描けない唯一無二のものだと思います。
抱きしめたい
saya.さんに直接会ったのは二回だけ。最初に会った日と、彼女が福岡を離れる前に最後に路上で歌った夜。
リクエストで「少女たち」を歌ってくれたことを覚えています。
CDを聴いて好きになり、その上で実際に聴く歌の数々。感動しました。
遠方故になかなか会える機会はないのですが、最近になってsaya.さんの二枚目のCD「抱きしめたい」を手にすることができました。
一曲目「隙間」。穏やかで明るい曲ですが、何かと暗い話題が多い時代の中で聴いたので色々と感じることがあった曲です。
生きることを、重く押し付けることなく肯定する歌詞は特に気持ちが塞ぎ込みがちな時に聴くとハッとさせられます。
そして二曲目「私生活」。
この曲も揺れる心理を描いた歌詞が素敵ですね。
日常の中でさっきまでポジティブだったと思ったら、急にネガティブになる瞬間が誰でもあると思うんですがそうした心の動きをよく表現されていると思います。
saya.さんの歌声は、例え歌詞の内容が重くてもそれでも最後にはどこか希望を感じさせてくれる。
だから聴いた後に「生きていこう」という気持ちになれる。そんな歌声です。
あの日、多くの歌い手の中で他の人を聴いていたらsaya.さんとの出会いはありませんでした。
とても好きな世界観であると同時に、誰でもない独自性を持ったシンガーソングライター・saya.。
出来ることならばまたいつか会える日がくることを願う……
いや、会える日は来るでしょう。生きてさえいれば。
これも、彼女の歌がくれた気持ちです。