ネコはミカンを片手に夜明けを待つ

日々の中で出会った映画・本・お店、演劇や物などを総合的に紹介する雑記ブログです。

星の見えない空に 〜僕と推しと時々ぴえん その4 めるドナライブ2022〜

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福岡市中央区天神の『親不孝通り』という特徴的な名前の通りを中心とした地域は俗に北天神とも呼ばれている。

多数の飲食店やクラブが存在し、アルコールとさまざまな人の思いが交差する街。

一方で一歩中に踏み込めば、寺院やクリニックも営業しておりそこに通う人々の生活を支えている。

そうした場所を目的にこの街に来る人には、多分想像することはできないさまざまな物語がこの街には刻まれてきた。

北天神の一角にあるメイドカフェ。そこで僕が出会った一人のメイド。

彼女はいつもこの場所にいてくれた。

 

「お腹すいた」

「デレレン」

「可愛いでしょう?」

「私聞いてない!」

「きらりん!」

「ストレスが溜まっているんですか? それならいい方法があります。私に会いに来てください」

「はにゃ?」

「真面目な話ししてる・・・ 邪魔しよぉ〜っと」

「トレセン学園に行きたい」

 

大きくて綺麗な瞳で真っ直ぐに僕を見て、いつも明るく話しかけてくれた彼女。僕の大切な存在。

 

これは僕が愛した彼女の物語。

女性として、異性としてという意味ではなくこの街で出会った一人の人間として・・・ 大切な『推し』として。

そしてもう一つ。

これは僕が僕自身のことを、前よりも少しだけ好きになっていくまでの物語だ。

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ライブの時間にはまだ余裕があった。地下鉄に乗る前に100均に立ち寄ってサイリウムを探してみる。

少しだけ手こずりながらも無事に見つけることができた。ピンク色は彼女のイメージカラー。

売っているという確信があったわけではないが、なければ少し離れた別の100均にも行ってみるつもりだった。

前回のライブから既に一年以上が経過していた。きっと彼女も待ちわびていたに違いない。

自分のキャラクターではないとライブやイベントでサイリウムを振ることを僕はしてこなかった。

しかし今日のライブはお店を卒業した先輩たちも駆けつけてくれる晴れ舞台だ。

これまでたくさん頑張ってきた彼女を、少しでも目に見える形で応援したいと思い僕はサイリウムを買った。

空は快晴。まるで彼女を祝っているようで気分も上がる。

 

会場は彼女が働いている店のすぐ近く。久しぶりのライブにはまさにうってつけの場所だと思った。

「こんにちは。名前をお願いします」

受付にはアイドル風の可愛い衣装を着た二人のメイドが立っていた。

今日はスタッフとして仲間たちをサポートする彼女たちだが、そのキュートな姿にいつか彼女たちが歌う姿も見てみたいと思いながら受付を済ませる。

会場内には既にたくさんの観客がおり、顔馴染みの人に挨拶することもできた。

人見知りの僕だが、細い糸のようなきっかけを探しながらお店でお客さんに話しかけてきた。

前回のライブの時よりも知った人が増えたことに時間の流れを感じると同時に、その人たちと今日のライブを楽しめることが嬉しかった。

出ないだろうね。だってそんな簡単に出たら悩むことないじゃない。何年かかったっていいんだよ。みんな悩んで大きくなるんだから。君の場所はなくならないんだし。君が生きてる限りずっと、その時いるそこが君の場所だよ。その場所でさ、自分が本当に好きだと思える自分を目指せばいいんじゃない

引用:『仮面ライダークウガ』 東映

僕は中学一年の少しの間だけ吹奏楽部に所属していた。選んだ理由は一つ、文化系の部活がそれしかなかったから。

中学に入ればとりあえず部活に入らなければという、今思えばそれは妄想だったと気づく妙なプレッシャーに押されて入部。

コンクールに出るという真面目な目標も、楽器が上手くなって女子にモテようという不真面目な目標も僕にはなかった。

本当にただ流されるように入った部活。

当然そんな気持ちで長続きするはずもなく短い期間で退部した。

仮面ライダークウガが放送されていた年の出来事だ。

周りからも家族からも色々いわれた。真面目に登校こそしていたが、ただそれだけの根暗な子どもだった。

それでも辞めることに後ろめたさがなかったわけではない。

だからちょうどその頃クウガの中で主人公・五代雄介が自分の気持ちに悩む少年に語った台詞を僕は自分を納得させるための言い訳に使った。

 

これは本当にやりたいことじゃない。僕は悩んでる。だからやめてもいい。

 

決して環境のせいにするつもりはない。振り返ってどうにかなるほど近い過去の出来事でもない。

だけど今にして思えば、このことが僕が自分のことを諦めたような人生を送ることのきっかけだったような気がする。

 

「重い荷物を枕にしたら 深呼吸青空になる」

聴き覚えのある歌詞がライブ会場に流れる。クウガが放送されてから20年近くの間に何度も何度も聴いてきた歌詞だ。

クウガにエンディング曲『青空になる』

歌っているのはゲスト出演してくれたお店の卒業生。

彼女が卒業する日に一度だけ会ったことのある方だった。

「仮面ライダー好きなんですか? 私も好きで特に仮面ライダーアマゾンが好きなんです」

そう話してくれたことを覚えている。

まさかまた会える日が来るとは夢にも思わなかった。しかも僕の大好きな歌を歌ってくれるとは。

嬉しかった。事前にこの歌を歌うということを知ってはいたが、早くも今日ここに来て良かったと思った。

 

今お店で働いているメイドたちのステージとゲスト出演の人たちのステージを繰り返しながらライブは滞りなく進んでいく。

どのステージも熱に溢れており、彼女たちがこの日にかける意気込みが伝わってくる。

前回のライブには出演しておらず、今回のライブではじめて歌う姿を見たメイドもいた。

アイドルグループの曲を歌う声が美しい。お店で会ったときも声がとてもキュートだと思っていたけれど、その魅力が存分に発揮されていた。

 

メンバーの中ではまだ新米にあたる子たちも頑張っていた。そのうちの一人は既にお店を卒業しており、正真正銘このライブの出演は今日が最初で最後。

全力で歌う姿に心からエールを送った。

これから新しい道に進む彼女には希望と同時に不安もあっただろう。でもこんなに立派に人前で頑張れている。だからきっと大丈夫だと。

 

折からの社会情勢で、最後に十分に会えないまま見送らなければならなかった方にももう一度会うことができた。

歌っている姿がとても素敵で、他の仲間とともにステージに立つその人が見れたことも僕にはとても幸せだった。

 

もちろん僕の推しも頑張っていた。

世の中の流れに翻弄されたこの一年余りの日々。それがなければもっとできていたかもしれないライブ。

彼女がステージにかける思いを僕は知っていた。

ソロで歌うステージ。それは彼女にとってとても大切な時代の曲。

彼女を推す中で僕もそれに触れていた。だからその曲を歌う彼女が見れたことが感慨深かった。

ユニットでステージに上がった時も、彼女と組む先輩メイドとの呼吸もバッチリだ。

その先輩が練習中の推しの凄さを語っていた。

実際にステージで踊る彼女を見てやっぱり推しは凄いなと僕は思った。

どんなに激しく動いていてもそこには無駄なものがない。とても洗練されている。

そして・・・ 何よりとても可愛い。動きも笑顔も、すべてが可愛かった。

たくさん熱意を込めて練習してきたのだ。

だから彼女が全力でステージを駆け抜けたあと、涙を流しはじめたときもきっと我慢してきた気持ちが溢れでたのだと思った。

 

うんうん。ずっとライブしたいっていってたもんな。悔しかったよな、なかなかできなくて。本当に良かったな。

 

彼女のその気持ちに応えたいと僕はサイリウムを振る。

扱い方になれておらず、ライブの序盤で折ってしまったサイリウムは若干その色を失いはじめていた。

まったくこんなことならあと何本か買っておくんだった・・・ と自分の準備不足と無知に嫌気がしながらもそれでも彼女の目に入ればと僕は振った。

 

ライブも終盤に差し掛かる。

いつもお店で太陽のように明るいメイドがアニメ『鬼滅の刃無限列車編』の主題歌『明け星』を歌った。

僕の脳裏に煉獄さんの姿が蘇る。彼が最後に炭治郎たちに託した言葉のように、その人も心を燃やして歌っているようだった。

それほどの熱を感じた。

まるでこの後に控えているライブの最後を飾る僕の推しにエールを送るように。

「はあ・・・ はあ・・・」

息切れしながらその人が控室に戻っていく姿を僕は見た。本当に心と魂を燃やして歌っていたのだ。

感動した。素晴らしいステージをありがとうと思った。

 

そしていよいよ最後のステージ。

すべてを出し切った推しの目から再び涙が流れる。

 

頑張ったな。良かったな。大成功だ。

彼女はとても優しい子。仲間がお店を卒業していくのを見送る度に涙を流していた。

そんな優しい子だから、先輩たちも来てくれて嬉しかったんだね。

みんなが支えてくれたのが嬉しかったんだね。

わかるよ、本当に頑張ったね。

 

僕は精一杯の拍手を送った。

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終了後の物販で推しとチェキを撮るために並んでいる。

アイドルの衣装が本当によく似合う。当然だよ、彼女は自分自身に誇りを持っているのだから。

待っている間に周りを見渡す。

疲れているはずなのに、そんな素振りは一切見せないでお店にいる時とおなじようにメイドたちは笑顔で観客に接していた。

 

みんなに会えて良かった。卒業した人にもまたあえるなんて本当に思っていなかったからとても嬉しかった。ありがとう。

 

「お疲れ様。本当に素晴らしかったよ、可愛かった。ありがとう」

「こちらこそありがとうございます。楽しんでもらえて良かった」

彼女と言葉を交わした後に僕は推しとツーショットチェキを撮った。

この時のために僕は家から二枚のチェキを持ってきていた。

今日このステージに立つはずだったが、事情があって来れなかったメイドたちの

チェキ。

僕と彼女と一枚ずつ持ってチェキを撮ってもらう。

本当は彼女たちだってこの場に立ちたかったはずだ。だから自己満足かも知れないが、せめて心だけでもこの場に連れてきてあげたかった。

 

少しずつ観客も家路につきはじめている。待ちわびた時間もそろそろ終わりだ。

会場を出る前にもう一度メイドたち一人一人の姿を見る。

今日でその姿を見るのも最後の子もいた。

 

みんな本当にお疲れ様。

 

「ありがとうございました!」

会場を出る時にメイドたちがそういってくれた。まるでお店のように。それがとても嬉しかった。

最後に推しを見ると笑顔で微笑んでいる。良かった。

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家に帰る前に店の前に行ってみた。当然今日は開いているはずもない。

それでもなぜか今日はこの場所を見ておきたかった。

世界は以前として大きく変化していたが、少なくてもこの街には落ち着きが戻りつつある。

これからも大変なことはあるだろう。でもきっとまた今日のような日をむかえられるだろう。

このお店の人たちは凄い人たちだ。そして推しはやはりとても素敵な子だった。

 

太陽が少しずつ沈み始めていた。しかし明日になればまた陽は昇る。

また推しに会いにこようと思った。

 

しかしこの時の僕は気づいていなかった。

今日のライブで歌うメイドたちから感じていた熱気の本当の意味を。

推しである彼女が流した涙に秘められていた本当の意味を・・・