ネコはミカンを片手に夜明けを待つ

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星の見えない空に 〜僕と推しと時々ぴえん その6 Feeling Alive〜

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一度だけでも 照らされるなら どんな夜が来ても
願い続ける あの星の先 歩き出してみよう
出典:Feeling Alive/作詞・作曲 Teddy Loid

アーティスト・XAIのアルバム『WHITE OUT』に収録されている『Feeling Alive』は推しのことを歌っているように感じる。

何がどうと聞かれると僕にも詳しい説明はできないのだが、曲全体からただよう前向きさ。

そして自分を信じて生きていこうとする意思を歌う歌詞が、アイドルやメイドといったなりたいものを信じて進んできた推しを表現しているように僕は感じている。

もちろんこの歌と推しである彼女には何の因果関係もないのだけれど、これからもこの歌を聴く度に僕は彼女を思い出すだろう。

僕を照らしてくれた星のような彼女を・・・

心の中のメイドは笑っているか? 泣いているか?

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彼女の卒業発表の翌日、仕事が終わった後僕は再びお店に向かった。

いくらか落ち着いたとはいえまだまだ気持ちの整理はついていない。

この日はこのお店の太陽のようなメイドが出勤していて、久しぶりにその人に会いたいという気持ちもあった。

 

「この間のライブはお疲れさまでした」

まだその人にはその言葉もかけていなかった。

それほど昔のことでもないはずなのに、あのライブが何だか遠い昔のように感じる。

目の前にいる人は本当に歌が上手い。大げさでなく心が震えた。

それは彼女を前から知っているからだとかそういうことは一切関係ない。

恐らく彼女のことを知らない人が歌を聴いたとしても、間違いなくその人の心は感動するだろう。僕は自信を持ってそういえる。

「貴女が歌った明け星はあの子へのエールのように僕は感じていました」

「ありがとうございます。本当にそのつもりで歌っていたんですよ。そのことに気づくなんて流石ですね」

やはりそうだったのかと僕は思った。

ライブ中で彼女が何度も流した涙。以前のライブと何かが違っていた出演者たちの雰囲気。

誰もが溢れそうな感情を自身のステージで表現していたのだ。

長く店を支え卒業していく推しへのエールとして、観客にそれと気づかれないようにしながら。

 

「貴女にとって彼女はどういう後輩でありメイドでしたか?」

「そうですね・・・」

その人は少しだけ考え込む。

考えてみればこれまで店の仲間たちから見た彼女がどういう存在だったのか僕は何もしらなかった。

「友だちのような存在でした」

語られたその一言には思いが込められていた。

 

前日に卒業が発表されたのは推しだけではなかった。

この日僕と話をしているメイドを慕っていた後輩のメイドも卒業することが決まっていた。

 

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長く同じ時を過ごしてきた仲間が二人も旅立っていく。

気丈に振る舞っていてもその寂しさは筆舌に尽くしがたいものであったに違いない。

それでもその人はいつもと同じように明るく僕や他のお客さんと話をしていた。

 

凄いと思った。

 

僕は自分のことだけでいっぱいだ。一晩経った今でも胸が痛む。

この状態で人と楽しく話せといわれても僕には無理だ。

それを目の前の彼女はやっている。

 

いや彼女だけではない。店に出ていた他のメイドも、今日はいないメイドたちも・・・ 過去にここで働いていた全てのメイドも卒業の知らせがある度に寂しさを堪えて僕たちと話しをしてくれていたのだ。

 

もちろん、推しである彼女も・・・

 

それがどんなに寂しいことなのか。僕も今までたくさんの人の卒業を見てきた。

誰と別れる時も寂しかった。

だけど長く同じ時を過ごした推しの彼女が卒業することで、はじめて本当の寂しさを知ったのかも知れない。

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閉店まで時間があるにも関わらず、他の客とメイドは皆帰り店には僕とずっと話していたメイドの二人だけになった。

色々なことを話した。気づけば僕は自分自身のことを話していた。

遠い田舎で生まれたこと、周囲に馴染めなかった子どもの頃、社会人になっても何も上手くいかなかったこと。色々な巡り合わせがあってこの店と出会ったこと。

「今世界も酷いことが色々起きてますね。貴女も未来に不安を抱くことはありますか?」

僕は彼女に尋ねる。

政治的なことや小難しいことはなるべくここでは話さないようにしてきた。

しかし毎日目にする情報は暗いものしかない。

メイドとして・・・ というか一人の人間として僕は彼女に聞いてみたかった。

「私もありますよ」

彼女は答えた。

「でもどんな状況でも考え方次第でよくしていけるはずだって私は信じてます」

彼女は話しを続ける。目の前の僕を真っ直ぐに見つめて。

「私は皆を元気にすることが好きです。そのために頑張っている私自身が好きです。だから◯◯さん(僕のこと)が私が褒めた時とかに自分で自分のことを悪く思う時があるなら凄く悲しいです」

 

いつからだろう・・・ 自分のことを嫌いになったのは。

その前に自分を好きだと思ったことなどあっただろうか?

自惚れはしない。自分を凄い人間だとは決して思わない。

それでも例えば誰かが褒めてくれたことに対して素直に「ありがとう」といえたことがあっただろうか・・・

「そんなことないですよ」

いつもそう答えていたような気がする。

もちろん謙虚な気持ちでという意味もあった。

だけどその実、僕は逃げていただけではないか?

誰かの肯定的な言葉に自虐で返すことで、万が一失敗した時の逃げ道を作る。

「ほらやっぱり大したことなかったでしょう。期待されるほどのものじゃないでしょう」

理由は簡単だ。絶望してほしくないから、失望してほしくないから。

だけど・・・

目の前のこの人は僕のことを信じてくれている。

僕が僕を否定したら、それは僕を信じてくれているこの人を否定するということだ。

「多分、あの子もそうだと思います」

その人はいってくれた。あの子とは推しのこと。

僕が人の言葉に自虐で返す時・・・ 僕が選択や決断をする時、あの子の姿が脳裏をよぎる。

僕が自虐した時心の中の推しは笑っているか? 泣いているか?

「泣いている」

 

自分に問いかけてみる。

お前にとって大切なものは何だ? お前が大切にしてきたものは何だ? お前がこれからも守っていきたいものは一体何だ?

「心の中のあの子の笑顔」

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いつの間にか閉店時間になっていた。時間が過ぎるのはあっという間だ。

だけど今日は来て良かったと思う。

もしこの人とこんなに話していなかったら、今頃僕はもっと悩んでいただろう。

本当にありがたかった。

別れは止められない。でもだからこそこの人と一緒に寂しさを越えていきたい。

その人の笑顔を見ながら僕はそう思った。

書くっきゃないじゃないですか!

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ふと昔に戻ってみたくて僕は久しぶりによくお世話になっていた本屋を訪れた。

静かなBGM、窓の外に見える景色も変わらない。

この場所と出たってから数年になるが、ここだけは世の中が大きく変化する前と変わらない形のままこの場所にあった。

「あ! ◯◯さんお久しぶりです」

顔なじみの店員さんが声をかけてくれる。

「こんにちは。お元気そうで良かったです」

久しぶりに会えて僕はホッとした。

転勤で別の土地にいた目の前の店員さんが福岡に戻って来たことを知った時は嬉しかった。

一生会えなくなるわけではないし、転勤先の店舗に行こうと思えば行けはするのだが長く知った人がその店に行ってもいないという寂しさはメイドの卒業と同じだ。

僕は最近のことを話した。

「温かくなってきましたね。春っすね・・・ こういう時期だから、実はもうすぐ長く知っている人とお別れしなければいけなくて」

「そうなんですね。でもたまに連絡取り合えばいいんじゃないですか?」

「いや、それがもう永遠に会えないというか・・・」

「えっ? 永遠にですか」

「それがその・・・ コンセプトカフェの推しなんです」

「あら寂しい。それはきついですね」

僕がコンセプトカフェに行っていることをその人は知っていたので、この言葉にようやく合点がいったようだった。

「今めちゃくちゃ寂しいですよ。でも何とか乗り越えなくちゃですね。寂しい気持ちだったので、今日は少しだけ懐かしい気持ちになりたくてここに来ました。ここは昔のまま・・・ 貴女もいますし。貴女が転勤した時も寂しかったんですよ」

彼女が転勤していった時のことを僕は思い出した。イベントや講習で随分お世話になった。

時には愚痴を聞いてもらったこともあった。

今思えば恥ずかしいくらい小さなことで悩んで、それを話していたこともある。

女の子に愚痴をこぼす所は成長していないなあと思いながらも、自虐はしないという決意を思い出した。

「お別れの時は悔いのないように泣いてきます。でも今はまだ心が整理できないですね・・・」

「そうなんですね・・・ それなら書くっきゃないじゃないですか!」

力強い言葉だ。ありがたい。

思えばブログ書こうと思ったのもこの場所のお陰だっけ。

書いたおかげで喜んでもらえたことあったな。推しのあの子のライブの感想も書いたってけ。

とっても喜んでくれたな。嬉しかったな。

「ありがとうございます」

また僕は人に助けてもらった。そうだ、僕には僕のことを知っている人たちがたくさいんいるのだ。

落ち着いたらまたこの場所に来よう。

今にも落ちてきそうな空の下で

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「◯◯さん(僕)にはちゃんと伝えないといけないと思いました」

ようやく会うことができた彼女はいつもと同じように真っ直ぐに僕を見つめて話してくれた。

「良かったな。安心したよ」

僕は答える。それは嘘偽りのない本心だった。

卒業発表から数日。気持ちは一日一日と落ち着きを取り戻していた。

彼女が選択したことだ。寂しいと思う気持ちも本当。だけど選んだ先で頑張って欲しいと思う気持ちも本当。どちらも僕の本当の気持ちだ。

だから残された日々を悔いなく過ごしてほしかった。

「え!? 卒業の日これないんですか。だったらお手紙ください」

彼女が他のお客さんと話している。

その姿はいつもの彼女と変わらない。実際に会ってみるとまだ実感がわかなかった。

それは彼女もそうだと思う。

「大丈夫!?」

一人のメイドが僕の席にやってきた。久しぶりに会う人で、彼女もお店に来てそろそろ一年になる。

「ああ、お久しぶりです。こんに・・・」

「大丈夫!?」

うんうん。心配かけたな・・・ 僕が推しのこと応援しているって知ってるもんな。

「ありがとう。大丈夫だよ」

「発表があった後ずっと心配していたんですよ。大丈夫かなって」

心配をかけたことは申し訳ないと思ったけど、その一方で嬉しかった。

僕のことを心配してくれている人がいる。

この人だけではない。卒業発表があってから数日の間、一緒に過ごした時間の長いメイドたちが皆心配してくれていた。

数年前はそんな風に気遣ってくれる人は誰もいなかった。

今はこんなにもたくさんの人たちがいる。それが嬉しかった。

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その日たまたま親不孝通りにある公園に立ち寄ってみるとたくさんの子どもたちが遊んでいた。

いつも店に行った後はすぐに家に帰ってばかりだったから、この街にもこんな景色があることをはじめて知った。

夜になればアルコールと人の思いがこの街には交差する。

だけどこの街にあるのは影だけでない。光もある。

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僕が好きな作品で、推しの彼女も好きな漫画『ジョジョの奇妙な冒険』。

その第五部『黄金の風』は結果だけを求めるラスボスに過程を大切にする主人公たちが戦いを挑む話だ。

特に『今にも落ちてきそうな空の下で』というエピソードでは仲間の死を通して本作のテーマが印象的に語られている。

 

最初は興味本位でやってきたこの街、そしてメイドカフェ。

しかしいつしか僕の中でなくてはならない大事なものになっていた。

『別れ』という結果は確かにそれだけで見ればマイナスなイメージがあるかもしれない。

だけど僕は自分なりに推しを応援してきた。

その過程でお店でたくさんの出会いがあったし、アイドルのライブを観に行くなど世界が広がった。

別れもたくさんあったが、だからこそその人たちと過ごした時間は大切なものだ。

そして推しの彼女も最後まで立派に務めあげて飛び立とうとしている。

彼女がもっと早くに卒業していたら? 僕の彼女への応援はもっともっと不完全燃焼だっただろう。

『結果』が全てではない。

彼女がちゃんとメイドをやりきって、そして僕も自分なりにここまで応援してきた。

だから今がある。

もう少し、あと少し。

彼女をきちんと見送ろうと僕は決めた。