前回の記事
「わかったよ! もう帰らねぇよ!」
そういって乱暴に電話を切った後に残るのはいつも罪悪感と後悔。
俺はもう一体何歳だよ・・・ いい加減大人になれよ。お袋よ、ごめんな。
ため息ばかりが出てくる。
色々なことが終わってようやく久しぶりに故郷に帰ろうと僕は思った。
しかしコロナウイルスのせいで今回もそれは叶わなくなり、そのことを聞いた僕は電話口の母親に毒づいた。
もちろん母のせいでも、ましてや誰のせいでないこともわかっている。
「そうか。仕方ないよね、わかったよ」
ただそういいさえすれば済む話だ。それにも関わらず僕はそれがいえなかった。
久しぶりに姪っ子に会うのも楽しみだった。誕生日の日に会えなかった分まで会ってあげたかった。
だからなおさらやり場のない感情が抑えられない。
「ごめんな」
心のなかで悲しそうな顔をしているあの子にも謝る。
あの子の笑顔を曇らせる生き方はしないと誓ったはずだったが、あっという間にそれを破ってしまった。
赤の他人が相手ならいくらでも我慢もするし諦めもつくだろう。
だが昔から家族に対してだけは心で思っていることと反対のことをいってしまう。それが甘えだということもわかっている。
ジョジョの奇妙な冒険の第3部で、復讐は不毛だと感じた悪役のボインゴが改心しようとして酷い目にあい「人間の性格はそんなに簡単には変わらない」と解説される場面があった。
まさにその通りだ。
大切な人との別れを経験しても僕は何も変わっていない。
それがたまらなく悔しかった。
故郷に帰れない分の時間を使って僕は初めて能古島にやって来た。
あの子の好きなピンクの色をしたチューリップ。美しい桜。
美しい空を見ていると小さなことがどうでもよくなってくる。
特に桜は今週までしか見れないかもしれない。
そう考えると今のタイミングでここにやって来てよかった。
いつだって何かが駄目でも別の何かがこの世界にはある。
それを一つ一つ探していくこと。それが人生の楽しみ方。
それを思うとまたお袋に申し訳なくなった。
「ごめんな。本当はいっちゃいけないと思いながらもいつだって心の中と逆のことばかりいってしまう。本当にごめん」
「大丈夫よ、ちゃんとわかっているから。楽しみにしていたのに苛立つ気持ちはわかるよ。何年あんたの親をしてると思ってるの」
ああ・・・ 本当に俺は嫌な息子だ。こんなことをいわせてしまうなんて。
それでも謝らずにはいられなかった。
「落ち込んじゃうよな。だけどちゃんと謝れたよ」
心の中のあの子は優しく微笑んでいた。
これからもきっとこんなことはあるだろう。
そして多分その度に僕は腹を立てるし、激しい後悔に襲われるだろう。
だけどどうしようもないことに出くわした時に、情けない行動を選ぶのもまた僕自身だ。
結局の所一つずつ一つずつ向き合っていくしかない。
自分との戦いに終わりはない。
「サプライズがあります」
その言葉の後に画面に映し出されたのはOGからのメッセージという文字。
(もしかして・・・)
微かな期待に心がざわついた。
そして・・・
懐かしい声が会場に響く。
グループを卒業するメンバーへの心のこもった推しからのメッセージ。
この日は彼女が在籍していたグループのメンバーの卒業ライブだった。
彼女が動いている。
彼女の声が聞こえる。
画面に映し出された推しの姿を見た時、思わず僕は手を伸ばしそうになった。
思わず推しの名を叫びそうになった。
「だけど・・・ あの子に会いたい。あの子の声が聞きたい」
推しが卒業して間もなく僕は彼女がいた店に向かった。
似顔絵がない店内を見ると、本当に彼女がもういないことを思い知る。
現実は受け入れたつもりだった。振り返ることはいうまいと決めていた。
それでも彼女のことを思い出すと、話に来てくれたメイドに気持ちを吐露せずにはいられなかった。
「彼女は誰よりもアイドルでした」
会場でたまたま出会ったグループの卒業生がそう話してくれた。
いきなり話しかけた僕にも、誠実に対応してくださったことに心から感謝したい。
「彼女はお店でも誰よりもメイドでした。プロ意識を持っていて頑張って副メイド長にまでなったんですよ」
僕は推しの想い出を伝える。改めて本当に凄い子だったのだと思った。
アイドルの時もメイドの時も全てに全力。
そんな彼女だから新しい世界でもきっとその世界のプロになるだろう。
そう思うと何だかとても安心した。
例え会えなくても彼女は絶対にその道を力強く進んでいく。
それを信じることができるから、僕も新しい日々を生きていくことができる。
この日のライブには老若男女問わずさまざまな人が来ていた。小さな子どもいた。きっとメンバーの家族だろう。
沢山の絆がメンバーを支えている。きっと推しだってそうだったんだ。
ファンやスタッフ、メンバー、家族・・・ そうした人たちの絆が彼女を支えてきた。だから僕は彼女に会うことができた。
みなさんありがとう!
30曲近い曲を全力で歌い続けるメンバーたち。
僕はサイリウムを振った。彼女のために十分に振ってあげられなかったサイリウム。
だからせめて今日だけは全力で振った。
ライブも終盤、メンバーが拳を上げると会場中も拳を上げる。
僕も上げた。
どうかこの拳の先に卒業するメンバーの幸せな未来がありますように。
そしてどうかあの子にも届いて欲しい。
ライブを観ながら、僕はメンバーと一緒に歌い踊る推しの姿を思っていた。
彼女がラストライブで歌った曲も流れた。ちゃんと覚えているよ。
だから届いて欲しい。拳を上げて願うよ。
君の未来に幸運を。
この日会場に来て僕はもう一度彼女の声を聞くことができた。どうやら神様が願いを叶えてくれたらしい。
これで思い残すことはもうない・・・ といいたいところだがいっぱいある。
コロナ禍のせいで彼女に会える機会が失われてしまったことも多々あった。
自分では全力を尽くして限界まで応援したつもりでいたが、それがなければもっともっと応援できていたかもしれない。
限界・・・ 限界などない。
推しを応援する気持ちに限界などない。
会えなくても、声が聞けなくても僕は応援している。
これからもずっと。
僕は生きている。
抗えない出来事に心乱されて挫けることがあっても。
辛い現実の前に泣き崩れ立ち上がれない時があっても。
大丈夫。
僕は決してひとりじゃないから。
そして君も絶対にひとりじゃないから。