2022年11月13日
2022年11月13日、僕は福岡タワーをピンクにライトアップした。推しのためだった。
かつてメイドカフェで働いていた女の子、大きくて美しい瞳が印象的だった子。明るい声と笑顔が太陽のようだった、この世界で一番かわいい僕の推し。
彼女が店を卒業してしばらく経った頃、ふとしたきっかけで僕は福岡タワーをライトアップできることを知った。
福岡では「ドゲンジャーズハイスクール」という特撮番組が放送されていた。出演は当時アイドルグループ「MAGICAL SPEC」に所属していた藤松宙愛(ふじまつそら)だ。
推しの卒業後、僕は心にぽっかりと空いた穴を埋めるように新たに出会ったこの子を応援した。
そして彼女の誕生日に、ファンの方が赤くライトアップした福岡タワーを見た。その時に思ったのだ。
「これを推しの誕生日の時にやりたい」と。
ほとんど勢いに任せたようなものだった。その頃は副業の収入がある程度あって、頑張れば何とかできると思った。
予約日になって狙うは彼女の誕生日当日。日付が変わると同時にサイトに張り付いていたものの、その日は先に他の誰かに予約されてしまい僕の目論見はあっけなく砕けた。
が、どうしても諦めがつかない。
「そうだ!他の日にしたらいい。生誕が一週間くらいズレるのはメイドカフェらしくていいじゃないか!」
何とも無茶な理屈で自分を納得させると13日に予約を取ることができた。色はもちろん、あの子のカラーだったピンク。
そしてむかえた11月13日。その週は晴天が続いていたにも関わらず、何故かその日に限って悪天候となった。
しかも11月の海の近くの福岡タワーである。寒いし風が強い。
別に推しが見るわけでもないのに、ただ自分が勝手に納得したいだけだというのによくやるよと自嘲気味にタワーを眺めていた。
彼女がメイドだった頃、自分なりにできる限り彼女を応援できたとは思う。
だけど彼女が卒業して振り返ってみれば、僕の応援はまったく足りなかった。
もっと会いに行けばよかった、もっとたくさんチェキを撮ればよかった。
何もできなくてごめんよ。
日増しにそんな思いが大きくなっていた僕にとって、タワーのライトアップは自分なりのけじめの意味もあった。
それをやったからといって何がどうなるわけでもなかったが、後でSNSに写真を載せていればいつかどこかで彼女が見てくれるかもしれないと思った。
もう二度と会えなくても構わない。彼女の中でメイドだった日々が記憶から想い出に変わっていったとしても、彼女のことを覚えている人間が確かにここにいることが伝わればいいと思った。
「すいません、写真撮ってください」
突然聞こえた声の方向に目をやると、観光客らしい男女がカメラを手にして立っていた。
上手く撮れるか自信はなかったが、断る理由もないので僕はシャッターを押した。
「ありがとうございました」
そう言って二人はその場を後にする。その姿はとても楽しそうだ。
「お幸せに」
気づいた時には僕は二人に向かって叫んでいた。
少しびっくりした様子で二人は僕を見る。でもすぐに笑顔で手を振ってくれた。
僕の撮った写真がちゃんと撮れていたかはわからない。だけど二人が笑顔になってくれたことが嬉しかった。
思えば彼女を応援していた時もこんな気持だった。会いに行った時、チェキを撮った時、差し入れをした時、話をしている時・・・・・・
彼女が笑ってくれのが嬉しかった。喜んでくれることが嬉しかった。それがその時の僕の生きがいだった。
それは彼女もそうだったのかもしれない。お客さんのため、ファンのために頑張っていた彼女。どんなことにも真剣だった彼女。
大変なこともたくさんあったはずだ。だけど最後までメイドとして頑張れたのは、お客さんの笑顔があったからではないか。
僕もその一人になれていただろうか・・・・・・
福岡タワーに来る途中で雨が降った。傘を持ってきていなかった僕は、仕方なくコンビニで600円出して傘を買った。何本あるか分からない家のビニール傘にまた一つ仲間が加わる。
そのことに苛立ちを感じていたが、ライトアップの時間になると雨が止んだことに心救われた。
そしてその時が来た。
終わってみれは10分の出来事だ。ただ見ているうちに時間は過ぎた。忘れないように写真も撮った。
都市高を走る車の中から、自宅から、路上から、さまざまな場所でこの時のタワーを見た人もいたかもしれない。その人たちは決して知ることはない。
かつて福岡市天神のとあるメイドカフェに、とても素敵な女の子がいたことを。
お店を、お客さんを、メイドの仲間を愛した子がいたことを。
懸命に、真剣に、メイドとしての時間を駆け抜けた彼女。
この日のライトアップはその子のために行われたのだ。
「これで終わったな・・・・・・ 気は済んだ」
ライトアップが終わったタワーを見て僕は思った。
「ゴジラVSスペースゴジラ」でスペースゴジラのエネルギー源を断つためにゴジラが破壊した建物だ。まさか自分がそれをライトアップする日が来るとは思わなかつた。しかも推しのために。
いい人生だと思う。満足だった。これまでこんなに誰かを一心に応援したいと思えた人は、彼女以外いなかった。
例え本人に届かなくてもいい。永遠に会えなくてもいい。
この日この場所に僕がいたこと。それが変わらぬ僕の気持ちだ。
これからも彼女の幸せを願いたいと思った。そして忘れてはならない言葉を心の中でつぶやいた。
「お誕生日おめでとう、陽向あかりさん」
それからの一年
どんなに疲れていてもアラームより先に目が覚めるのは体がリズムを覚えているからなのだろう。
天井を見上げて心と頭の回路がつながる。だらだらとスマホを開き意味もなくニュースを確認する。テレビをつける習慣はなくなった。
毎朝食パン一枚とコーヒーを口にした後に身支度をする。髭を剃るのは2日に一回。マスク生活で唯一快適に感じる部分だ。
鏡に映る顔を見つめ「老けた」と思う。当然だ、もうアラフォーなのだ。若いと言い切ることはできない。白髪も日増しに増えていく。
ドアを開け車に乗る。3号線は今日も安定の渋滞だ。通勤だけでストレスが溜まる。憂鬱な一日の始まりにうんざりした。
2023年は・・・・・・ 控えめに言ってあまりいい一年とは言えない。
副業の案件がなくなった。それ自体はいつか来ると覚悟はしていたが、一年以上にわたって携わった経験がなかった僕にとっては初めての経験だった。
たった一年とはいえ、その収入があることに慣れていた僕にとってまさに天国から地獄。
しかも恐る恐る行った確定申告からの市民税の金額は思っていたより多かった。
ここで勉強になったのだが、収入はある程度貯蓄に回しておくべきである。後にやって来る税金の支払いのために。
だがそんなことが初めての僕はそのことがわからなかった。分割で何とか払ってはいるが、貯蓄せず使ってしまった自分の無計画さを責めたい。
こう書くと憂鬱の原因は収入にあると感じる人もいるだろう。確かにそれもある。
だけどそれはほんの一端に過ぎない。
一つ一つ書き上げると切りがないのだが、2023年はとにかく上手くいかない一年だった。
こんな時推しがいてくれたらと思う。
彼女がいた頃はそれ以外何もいらなかった。どんなことがあっても彼女のことだけを考えていれば幸せだった。
そんな心の張り合いが今の僕にはない。
彼女が卒業して一年以上が経った。その間も新しい素敵な人たちとの出会いがあった。
そのことにとても感謝しているし、会える機会を本当に楽しみに思っている。
それでも心の中で、今も彼女を探している自分がいるのも確かだ。
記憶が想い出になる中で彼女と過ごした時間がどんどん遠くなる。それがとても嫌だ、怖い。
幸せだった時間が二度と戻らないことを実感する。理屈ではわかっていたことを、この身で受けながらただただ過去にばかり目を向けて一日が過ぎていく。
彼女だけではない。みんなが少しずつ前へと進んでいる。そこで「よし自分も」と思えないところが自分の弱さだ。
毎日毎日自分が何をしたいのか、何をすべきなのか。踏み出せないまま時間だけが進んでいった。
そんな気持ちで今を過ごしている。この気持ちに出口は見えない。
それでも最近になってようやくわかりかけてきた。人間は結局どんなに絶望しようとも、それと戦っていかなければならない。
岡本太郎ではないが絶望があることが生きがいなのかもしれない。
絶望をはねのけるために戦う中で生まれてくる生命力。それこそがきっと生きている証なのだろう。
嘆き続けていても仕方がない。なるようになるさ。
これからも彼女がいない日々を僕は重ねていく。恐らくもう会うことはないだろう。
でも会えないからこそ、ただ純粋に彼女の幸せを願っていられる。
そういう人と出会えたことが僕の幸せだ。特別なものなどいらない。
僕は彼女の人生の、ある1ページに登場した人間。永遠に一緒にはいられない。
だけど僕にとっては彼女と出会えただけで幸せだった。
これから先の未来がどうなっていくかは分からない。だけどどんなに時代が変わったとしても僕は彼女のことを忘れないだろう。
2023年11月19日。今年もこの日がやってきた。僕にとって特別な一日、大切な一日だ。
大切な命がこの日に生まれた。僕にとって何よりも大切な人の命が。だらかまた伝えたい。
「お誕生日おめでとう、陽向あかりさん。生まれてきてくれてありがとう」