ネコはミカンを片手に夜明けを待つ

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舞台『控えめに言って、崖野は殺した方がいい』感想

※この記事には作品のネタバレを含みます。

「侑芽さんは舞台を観る時にどこを観ていますか?」

たまたま先日聞かれたのだが、その問に私はストーリーと答えた。

もちろんそれだけではないのだが、もともと映像作品や小説で育ってきたこともありストーリー性の高い作品を好んでいるのは確かだ。

 

そういう背景故にストーリーを重視して観てきたのだが今回、改めて舞台演劇の魅力を考えさせられた作品に出会った。それが『控えめに言って、崖野は殺した方がいい』である。

 

脚本は『半沢直樹』やNetflixドラマ『サンクチュアリ-聖域-』などを手掛けた金沢知樹が担当し、福岡で活動するタレントのゴリけんやHKT48の堺萌香をはじめとするキャストが出演する作品だ。

 

本作の感想を一言でいえば「ポジティブな不愉快さ」である。

 

ストーリーは、佐賀の小劇団の稽古場で展開される。

不慮の事故で亡くなった父親のために、父が社長を務めていた劇団の経営を引き受けた主人公。しかし劇団の内情は古株のメンバーが若手をいじめ、さらに脚本家と古株メンバーとの争いが耐えないといった最悪なもの。

 

そして主人公は、何かと自分や他のメンバーと衝突する役者の妹にも手を焼いていた。

困り果てた主人公、かすかな希望にすがり、東京で活躍する有名演出家の崖野を佐賀に呼ぶが・・・・・・

 

全編を通して描かれるのは人間同士のドロドロとした衝突だ。

作品が始まって崖野が登場するまでの間でも、劇団員同士での陰湿ないじめやしごきが描かれる。

例えば先輩のダメ出しに対して「すいません」というしかない状況で「すいませんじゃないんだよ」といわれた時の苦しや、それを見ているしかない時の気まずさ。

 

私も学生時代に、授業中に教師から激昂され立ち尽くすしかないクラスメイトを見ている時に似たような気まずさを感じたが、そうした居心地の悪さが本作からは伝わってきた。

 

そうした不愉快さは、タイトルにもなっている演出家の崖野が登場してさらにヒートアップする。

最初こそ俳優思いの演出家に思えた崖野だが、実態は自分以外の人間や佐賀という土地の全てを見下す傲慢な人間であった。

稽古場で酒を飲み、女性の劇団員をまるでキャバクラのように隣に座らせその他の劇団員に対してはいじめ、パワハラといっても差し支えない屈辱的な仕打ちを行う。

 

こうした崖野の横暴に劇団員たちははじめて一つにまとまり復讐を開始するのだが、それを決意する流れが唐突だったのが惜しかった。

確かに崖野は復讐されても仕方のない人間ではあるのだが、だとしても常識的に考えれば主人公たちの選択はいい年齢をした大人が考えることではないと感じた。

 

だがそれはあくまで「常識的に考えれば」である。

 

本作の最大の山場はまさに主人公たちが崖野への復讐を決意する場面であり、この場面のために本作はあるとっても過言ではない。

そしてこの山場で描かれるのは感情の爆発である。

 

崖野にさんざん痛めつけらられた主人公や劇団員たちは涙を流す。

役者陣の熱演により、彼らの中にもいじめやしごきを行ってきた人物たちがいるにも関わらず可哀想と思ってしまうのだ。

崖野に帽子を投げつけられ、間近で侮辱の言葉を浴びせられる悲惨さ。

しかしながら、観客にとってまるで自分が痛めつけられているようなこの感覚こそ舞台が持つ生の人間のエネルギーをこの上なく表現している。

 

それは例えば映画の場合、スクリーンという壁やカメラというフィルターにより悲惨な場面でもどこか美しさや気高さを感じるのとは趣旨が異なっている。

ロケーションによる背景のない舞台演劇にとって、俳優の演技が全てだ。そして俳優の演技とは感情の表現である。

 

崖野と劇団員との間で行われる感情の発信と受信、憎しみや怒りといった負の感情に偏ったやり取りではあるが、少なくとも私にとっては間近で芝居を観る舞台の面白さが何かを実感することができた。

 

本作にテーマがあるとすれば『因果応報』だろうか。

最終的に崖野には罰があたり、その意味では爽快感のある終わり方にも見える。

しかし、いかに痛めつけられたとしても人間として越えてはならない一線を越えた主人公たちにもいつか天罰が下る時がやってくるだろう。

その時彼女たちを待ち受けるのは大きな後悔や苦しみだろうか。

 

劇団のメンバーが崖野の横暴による被害者であることは間違いない。

しかしその中でも陰湿ないじめが行われていた。主人公ですらも、崖野を東京から呼ぶ資金を調達するために若手に無理を命じている。

かろうじて罪のない人間がいるとすれば若手の面々なのだが、彼らの未来にも罰が下るのならばもう少し彼らの闇を描いてもよかったと思う。

 

「ここで終わり!?」と感じるラストも含めて、面白いか面白くないかで考えると正直なところよくわからない。

恐らく私のように創作物にストーリー性を求めている人が本作を観ると、きっとどう消化したらいいかわからない人もいるだろう。

 

しかしながら、本作がストーリー性以上に舞台演劇というコンテンツの魅力を私に伝えてくれたのは確かだ。

俳優の演技力や感情の表現、それがダイレクトに伝わってくるのが舞台演劇の魅力。

だからこそ、それを表現する俳優陣には研ぎ澄まされた真剣さが求められる。

話の内容が静であれ動であれ、全身全霊をかけた人間の生命力を観客に伝わるのが舞台演劇なのだなと『控えめに言って、崖野は殺した方がいい』を観て改めて感じた。

 

話の大部分がいじめの場面なので、観ていて気持ちよくはないので不愉快さは感じる。しかし最後には舞台の魅力に気づく。そういった意味で本作は「ポジティブな不愉快さ」を持った作品である。

最後に個人的な感想を一つ。

若手劇団員の一人であるみさきを演じたのは、福岡で活躍する女優の美咲だ。

2023年前半では『LastMoment  ~福岡で最後に贈るありがとう~』や劇団テンペストの『妖怪事変』に出演。その他にも演劇ボーカルユニット『福岡オトメ歌劇団』のメンバーとしても活動している。

本作においては決して台詞の多い役柄ではなかったが、だからこそ演技力以上に感情を込めることに全力を尽くしていたように感じた。

泣くこと、怒ることという感情の爆発を表現する作品を経験した彼女が今後どういった役柄に挑戦していくのか。

これからの彼女を見守る意味でも、本作は重要な作品であったと感じている。