※この記事は舞台『HANABI』のネタバレ」を含みます。
暑すぎる。
2023年の夏はこの一言に尽きます。毎日のように「全国で過去最高気温を観測!」なんてニュースを聞くと、本当にこの先どうなるのかと不安になりました。
なんせ普通に生活しているだけで、明らかに他の時期より体が疲れているのがわかるんですよね。
とはいえ今年の7月から8月にかけても、それなりにあっちこっちに動き回ったという感じです。
8月にはまた一つ年を重ねました。なかなかどうして、それがありがたくない年齢にもなりましたが、まずはこうして生きていることに感謝です。
病むことも多いのですが、それでも今日まで生きてこられたのは出会えた人たちのお陰であり感謝しております。
2023年8月31日の福岡市は、特に日が沈んでからは涼しくかすかな秋の気配を感じることができました。
舞台『HANABI』はそんな季節感とリンクする物語です。夏の終わりに起きた出来事の中で、人々が出会いの奇跡を感じていくストーリーでした。
物語の舞台は、東京にある大家が亡くなったばかりの古いアパート。そこではアパートの住民たちが在りし日の大家の想い出を語っていました。
生前は破天荒な人柄で知られた大家でしたが、一方で住民たちからは慕われていました。
そこに大家の不倫相手と思われる女性たちが現れたり、アパートの住民同士での恋愛事情が絡んでくることで騒動が巻き起こる・・・・・・
以上が本作のざっくりとした内容です。
観終わった後、真っ先に思ったのは「やられた!」ということでした。
本作にはあるギミックが仕掛けられていたんですが、ラストにそれが明らかになるまでまったく気が付かなかったんです。
正確にいえば最初からそれは開示されていて、ところどころ「あれ?」と感じてたのですが見事に演出にはめられました。
それくらい自然に、巧みにそのギミックは観客に気づかれないように隠されていたんです。
そのギミックとは過去と現代を描くこと。
本作は過去と現代の2人の大家の物語であること。
『HANABI』は大家が亡くなったアパートの中だけで話が展開するんですけど、まるで住人が2つのチームに別れているようにそれぞれで問題が起こって物語が進む。
バックグラウンドになっているのは『大家の死』という状況で、一見すると同じ時間軸の中に全ての登場人物がいるように思えます。
だけど2つに別れた住民たちが不自然なくらい関わり合わないんですよね。
住民全員が協力してトラブルに取り組み、問題を解決していくような話を想像していた私は「なんでこんな構成なんだろう?」と思っていました。
勘の鋭い人なら早い段階で本作のギミックに気づいたでしょう。つぶさに観察すると、色々と伏線が張られていて思い返すと「なるほど」と腑に落ちました。
実は劇場に入って舞台を見たときからどこか違和感を感じていたんです。
舞台の上にセットも小道具も何もない。かろうじて床だけは模様のあるものになっていましたが、それ以外には本当に何もない。
「なるほど。これは役者の演技だけで全てを表現する作品なんだな」
そう思いました。
それは間違っていなかったんですが、舞台の上をこういう風にした本当の意図は物語のギミックを隠すためだったんだと。
何も舞台上にないので、時代によってアパートの様子が変化しているとかそういう感じが全くわからないんですよ。
かなり思い切った手法だと思ったんですが『マルホランド・ドライブ』や『シャッターアイランド』など、ギミックのある映画は好きなので個人的には楽しめました。
さらにこうしたギミックが隠されていながら、ストーリー自体は良い意味で王道的でした。
過去と現代のそれぞれでアパートの住民や大家に関係する人たちが問題に直面し、それが人情によって解決されていく。
かといって押し付けるような『お涙頂戴』の空気もなく、時折入るコミカルな場面が良い清涼剤となっていました。
そんな本作において、現代のアパートに登場する『桜愛(らら)』が非常に魅力的でした。桜愛は現代の大家が通っていたメイドカフェで働く女性で、大家の息子の後輩という設定。
『HANABI』は2チーム制で私が観たのはBチーム。桜愛を演じたのは『十朱柚花(とあけゆずか)』さんです。
とにかく十朱さんが演じる桜愛が可愛い。
大家の息子『光朗(みつお)』は学生時代に桜愛に惚れていましたが、父がそのことを言いふらしたせいで親子仲がこじれていました。
最初は父の不倫相手と疑われていた桜愛でしたが、後にそれは光朗と大家を和解させるために考えられた作戦だったことが明らかになります。
このブログでも過去に色々と書いて来たのですが、メイドカフェには想い出があるので設定だけで桜愛に惹かれるものがありましたね。
メイドカフェというと、女の子が料理やドリンクにおまじないをかける姿を想像する方もいるでしょう。
本作でもそういう場面があって「そうそう!そんな感じ」と妙に嬉しい気持ちになって見ていました。
事前にしっかりと役作りをされたのだと思いますが、メイドカフェのメイドに対して一般の人が持っているであろうイメージを見事に表現していました。
もちろんそこだけではありません。
桜愛はけっこう出番の多い人物なんですが、天真爛漫な笑顔と真面目な素の部分とのギャップを十朱さんは作り込んでいました。
2022年から2023年にかけて、福岡の劇団『陽project』の作品に出演し演技力を磨いてきた十朱さんはアイドルグループ『LAPiS』のメンバーとしても活動しています。
非常に可愛らしい十朱さんですが、陽projectの作品においては激しい殺陣も要求される厳しい稽古に耐え、悪役も演じるなどして表現の幅を広げてきました。
桜愛を魅力的に感じる理由があるとすれば、それは十朱柚花さんの演技に他なりません。
桜愛は芝居の中でさらに芝居をしているような難しいキャラクターだったと思うんですが、十朱さんの想像力と芝居における発信と受信により凄く自然体なキャラクターとなっていました。
本作のラストは住民たちがアパートの屋上で花火を見る場面です。
過去と現代がつながる感動的な場面でしたが、奇しくも観劇したのが8月31日ということもあり、暑さは続くとはいえ現実でも夏の終わりを少しだけ感じました。
総じて個人的には楽しめた作品であり、ギミックがわかった上でもう一度観たいと思いました。
普遍性のある物語なので、時代設定を変えたとしても十分に通用する話だと思います。
何よりも桜愛を演じた十朱柚花さんのキュートな笑顔が見れたこと。それが何より良かった作品ですね。
夏といっても仕事に明け暮れて、いつもそれらしい楽しみもないまま過ぎるんですが十朱さんの笑顔はまるで花火のように明るく夏の想い出になりました。
これからさらに飛躍していく彼女の今後がとても楽しみです。