2020年から続くコロナ禍もようやく終わりが見えてきた。
実際のところ、これで終わりのような空気が漂っていることに疑問を感じる点もあるがライブでの声出しが解禁されるなど、比較的コロナ以前の日常が戻りつつある。
舞台『Last Moment 〜福岡で最後に贈る、ありがとう』はコロナ禍の中で必死に作品を完成させようとする若者たちを描いた作品だ。
演劇という形をしているものの、実際は出演者たちがこの作品を完成させるまでに遭遇したトラブルなどを下地にしており、ある部分ではノンフィクションの一面も持つ。
本作で主演を務めるだけでなく、演出も手掛けるのは弱冠21歳の宮﨑美光。
木村拓哉主演の『教場2』などにも出演し、福岡でもさまざまな舞台で活動している。
そんな彼が代表となり多数の俳優たちをまとめ上げ完成した本作は、荒削りながらも若い情熱が溢れる作品であった。
あらすじ
一世を風靡した、若手演出家が地元に凱旋し、地域の為の恩返し公演をすることになる。小屋入りの当日、誰よりも早く来た主人公だったが、その元にスキャンダルによる出演者辞退の連絡や、チーム内でのコロナクラスター等の急報が舞い込み、あわや上演中止の危機に陥る。主人公には、余命宣告を受けた母がおり、病院のベッドで寝たきりとなっている母の為にも、なんとしても地元での上演を果たしたい主人公は、地元にいる幼馴染みや舞台を見に来た役者を巻き込んで、舞台を作り上げる事を決意する・・・
引用: 『Last Moment』フライヤー
本作を一言でいうなら「一粒で二度美味しい」という表現がぴったりくる。
上演の途中で休憩時間があるのだが、それをはさんで前半と後半で全く違うテイストの物語が展開されるのだ。
前半は主人公・真狩駿がさまざまなトラブルに見舞われる様子が描かれる。
故郷での凱旋公演が危ぶまれる中、偶然再会したかっての同級生で同じ演劇部だった向井日向に作品への出演を頼む駿。
自身のミスが原因で演劇へのトラウマを抱えていた日向だったが、駿の熱意を受け作品への参加を決意する。
そして日向の他にも、俳優への夢を諦めきれない劇場のスタッフなども巻き込みながら駿は作品を作り上げようと奮闘する。
作品に出てくれる人がたまたま近くに沢山いたという展開はやや強引に感じられたが、逆にいうとテンポよく鑑賞することができた。
駆け足気味の部分はあるものの、エンターテインメントとして始まりから終わりまでひたすら前向きに進んでいく展開は爽快感を感じられて好印象だった。
本作は夢に挫折した人々が、駿の舞台を通して自分の夢を叶えていく物語である。
そして、その夢の挫折こそが後半の鍵となる。
後半では紆余曲折の末に完成した作品が上演されるという形で、前半とは異なるテンションの物語が展開された。
陸上競技に打ち込む主人公たちの姿を描く青春ストーリーなのだが、ここでは俳優たちの文字通り体を張った走る演技が展開される。
正直なところ後半が始まって最初の頃は前半とのギャップに驚いた。
しかしながら、ある意味では振り切った作風の変化に心地よさを感じたのも事実だ。
夢に挫折した人々の再生を走ることを通して描く。
そうすることで登場人物たちがそれぞれの自分の気持に向き合う様子を、ユーモアも交えながら鑑賞することができた。
全体を通してみれば繊細な心理描写が少なく、演劇にそうした部分を求める人にとっては物足りなく感じるかもしれない。
しかしながら、どんなことにも始まりが存在する。
最初から非の打ち所のない作品を作ることなど誰にもできない。
それよりもまず単純に、自分の気持としては作品を0から作った若者たちにエールを送りたかった。
何かを考え込むよりも実際に動いてみること、感じてみること。
そうすることで生まれてくるものを体感してみること。
本作からは年齢を重ねるたびに失われてきた、そうした新鮮な感覚を思い出すことができた。
今後若い俳優たちがどんなブラッシュアップされた作品を見せてくれるのか。
そのことに期待しながら次回作を待ちたい。