※この記事には「雷におちて」のネタバレが含まれています。

劇団と作品の概要
ナシカ座は福岡を拠点とし、毎回多様な出演者を迎えるユニット型劇団として知られています。
2025年秋の新作『雷におちて』もその特性を活かした作品で、本作はナシカ座の持ち味である人情喜劇の要素を軸にしつつ、これまでの舞台とは一味違った展開が繰り広げられます。
作品基本情報
- タイトル:雷におちて
- 上映期間:2025年10月7日〜1025年10月12日
- 会場:ぽんプラザホール
- 脚本・演出:内田好政
- キャスト:田中耀大、石田くるみ、ハイクオリティたかしほか(Aチーム、Bチームの2チーム制)
あらすじ
女好きで軽い性格の青木雷太。
ある日、友人・三嶌優香の母・秋子から、亡くなった夫だと勘違いされてしまう。
実は秋子は雷に打たれたショックで、雷太のことを夫だと錯覚していたのだ。
慌てる雷太だったが、優香や彼女の姉妹から「1か月だけ親のふりをしてほしい」と頼まれてしまう。
しぶしぶ引き受ける雷太だが、秋子にはある秘密が隠されていて――。
全体の感想
本作は特にストーリー面が私には刺さる作品でした。
ナシカ座の持ち味である人情喜劇をベースにしながらも、ビターな味わいを持った作品に仕上がっており好印象を持つことができました。
コメディと人情の魅力
勘違いと騒動が生む笑い
なんといっても秋子が、はるかに年下の雷太を旦那だと思い込む設定が面白かったですね。
普通ならありえないシチュエーションですが、だからこそどんな騒動が起こるのか期待に胸が膨らみました。
その期待通り、雷太の恋人である麻衣子が三嶌家に乗り込んできて起こる修羅場には大笑いさせてもらいました。
家族との関係や秘密による温かさ
もちろん、単に笑える場面ばかりではありません。
雷太の正体は殺し屋で、秋子は癌で余命わずか、さらに雷太の師匠こそ亡くなった秋子の旦那だった――という重大な秘密があります。
家族の愛に恵まれず育った雷太が、偽りの家族の中でこれまでにない愛情に気づいていく姿に引き込まれました。
秋子の苦しみに耐えかねた娘たちは、秋子の願いで彼女を安楽死させることを決意します。
雷太に無理に旦那のふりを頼み込んだ姉妹を「なんてわがままな奴らだ」と思っていましたが、秘密を知ると腑に落ちました。
これまでの作品のようにハッピーエンドではないかもしれません。
しかし、良くも悪くも物語に期待を抱かせる展開でした。
展開と印象的な場面
雷太の葛藤と騒動の連鎖
予定していた安楽死が却下され、絶望に沈む秋子は雷太に自分を殺してほしいと訴えます。
たくさんの人を手にかけてきた雷太ですが、もちろんこの頼みを受け入れるわけにはいきません。
しかし最終的に秋子の姿を見かね、彼女の願いを聞き入れることになります。
ここで雷太の背負った設定が生きてきます。
実は雷太は母親からネグレクトを受けて育ち、妹もそれに耐えかね姿を消した過去がありました。
そして殺し屋となった雷太は、かつて実の母親を手にかけています。
自分を苦しめた母の命を奪った雷太が、良き母親である秋子を手にかける。
「母を手にかける」という状況は同じながら、その質は全く異なります。
これは悪なのか、それとも救いなのか――単に笑うばかりの作品でない、重い問いかけが本作には詰まっていました。
殺し屋の末路と報い
秋子が海外で安楽死をするために旅立ったと思い込む優香たち姉妹は、悲しみと安堵に包まれます。
一方で秋子は安らかな気持ちで雷太の手にかかり、苦しみを終えました。
全てが丸く収まったように思った瞬間、雷太は秋子のストーカーをしていた男に刺され、命を落とします。
物語はここで終わり、バッドエンドともとれる結末を迎えました。
これまでハッピーエンドを貫いてきたナシカ座の作品の中で、かなり挑戦的なラストでした。
しかし個人的にはこの結末こそ、自分の好みに一番合った部分でした。
例えターゲットがクズばかりであったにせよ、人の命を奪ってきた雷太には報いがあってしかるべきだからです。
フィクションなのだからハッピーエンドで終わらせることもできたはず。
しかし、どんな理由があっても悪事を行ってきた人間には相応の報いが必要。それを描くことも作り手の良心だと考えています。
そうした意味で『雷に落ちて』は私にとって、非常にしっくりくる作品となっていました。
総括と今後への期待
『雷におちて』は、ナシカ座のこれまでの作品のように家族の日常を題材にしながらも、重いシチュエーションやバッドエンドを描いた作品となっていました。
この挑戦は、今後の作品の幅を広げていく大切な一歩になったと感じています。
「必ずハッピーエンドで終わる」という安心が良い意味でなくなった今、ナシカ座が次にどんな物語を見せてくれるのか、期待が膨らみました。