
イベントのレポート、店のレポート、事件の記録、あるいは小説。
文章を書く仕事は、ときどき「役に立たない仕事」と言われることがある。
料理を作るわけでもない。
建物を建てるわけでもない。
形として残るものを生み出しているわけではない。
そう言われれば、たしかにそうかもしれない。
でも、あるとき思った。
どれほど成功した人でも、この世界のすべてを体験することはできないのではないか、と。
どれだけ有名でも、どれだけお金があっても、日本の遠くで開かれている小さなイベントや、地方の祭り、知られていない店、そういうものを全部知ることも、全部行くこともできない。
人間の時間は限られている。
つまり、誰であっても
「体験できない世界」
が必ずある。
だから人は、誰かの体験談を読む。
イベントのレポートを読む。
店の感想を読む。
旅の記録を読む。
そうして、行ったことがない場所の空気を想像する。
食べたことがない料理の味を想像する。
自分がいなかった場所の出来事を知る。
それは、ほんの少しだけ
「そこに行った気持ち」
を共有する行為なのだと思う。
もちろん、多くの人は違うかもしれない。
自分にはできないことを見て、
羨ましくなったり、ひがんだりすることもあるだろう。
でも、きっといると思う。
何万人に一人でもいい。
そのレポートを読んで、
「なるほど、そんな世界があるのか」
「少しだけ行った気持ちになれた」
そう思ってくれる人が。
もしそういう人が一人でもいるなら、文章を書くことには意味があるのだと思う。
書く人は、料理人でも大工でもない。
何かを作る職人ではない。
けれど、誰かが体験した世界を、まだ体験していない人へ届ける。
もしかしたらそれが、文章を書くことや、写真を撮ることの小さな役割なのかもしれない。