ネコはミカンを片手に夜明けを待つ

日々の中で出会った映画・本・お店、演劇や物などを総合的に紹介する雑記ブログです。

小説「大脱走」 ほどよい無気力で生きるのもよし

タイトルから、刑務所かどっかから脱獄する話なのかと思って手に取りました。

はて?描かれているのはスーツ姿のサラリーマン。これのどこに脱走の要素があるのか……

毎日毎日安月給で働いている身で、理不尽なことに耐えられなくなることが誰にもあると思います。

「こんなに頑張っているのに、あの人は適当にしていて許せない」みたいに考えることも。

そんな時にふと肩の力を抜いてみませんか?

作品紹介

2015年11月9日出版 小学館

著者・荒木源(あらきげん)
1964年京都府生まれ。新聞記者などを経て2003年に「骨ん中」でデビュー。ほかの作品に「ちょんまげぷりん」「オケ老人!」など

あらすじ

主人公・片桐いずみは長く苦しかった就職活動の果てにようやく住宅リフォーム会社「スぺシャルライフ」に入社する。
しかしこの会社、強引な営業は当たり前。過酷なノルマに長時間労働、罵声怒声や「研修」という名の理不尽なしごきが行われるブラック企業だった。
どうにか日々を送るいずみだが3年が経過した頃、新人社員として俵真之介(たわらしんのすけ)が入社してくる。何かにつけて仕事を避けようとする俵に苛立ついずみ。しかし、ある時認知症の金持ち老婆の客をみつけたいずみが行った営業がスペシャルライフに大騒動をもたらすことに……

全体の感想

ブラック企業を舞台にした作品ですが、重いノリの作品ではなくむしろ軽く気軽に読める作品でした。

登場する人物達もリアリティよりは、漫画に登場するようなリアクションがオーバー気味な感じの人が多くて読んで暗い気持ちにはならないです。

舞台となるスペシャルライフという企業も、一般の人がブラック企業という言葉から連想する要素をこれでもかと詰め込んでいて「みんなが考えるブラック企業」を表現したような感じ。

なので逆に空想の話としてあんまり身につまされることなく読むことができました。

二人の主人公

主人公は片桐いずみ。就職活動で苦難を味わい、やっと入れた会社がスペシャルライフだったという気の毒な女性です。

苦しい毎日でも仕事を辞めず、名ばかりの管理職になり後輩の面倒を見ることになります。

スペシャルライフは客を騙すような強引な営業をするんですが、いずみはそういうやり方だけはしないで仕事に励みます。会社の中では異端の考えなんですが主人公らしくていいと思いました。

そんないずみが指導する後輩が俵真之介なんですが、この男とってもいい加減ですぐに楽を求めようとします。

初日から遅刻してくるは仕事はさぼるはでいずみにとっては悩みの種です。

社会人としてはどうなんだろうと思うこの俵なんですが、彼はそもそも積極的に仕事をしようとしないかわりに人を騙そうとも思っていません。

実は、これがこの作品の肝になってる部分じゃないかと思いました。

その意味で、俵はいずみと並ぶもう一人の主人公とも言えます。

逆襲のいずみ

物語中盤、いずみは魔が差したように金持ちの認知症の老婆相手に強引な営業をやろうとし、そこから思わぬ問題が引き起こされていきます。

それがスペシャルライフという会社を変えるための動きに繋がっていくんですけど、この辺りの人間関係の変化が痛快です。

ネタバレになるので控えますが、敵のように見えた人が実は…… みたいな王道な感じに人間関係が変化していきます。

色々な物語で使われてるパターンではあるんですけど、孤独だったいずみに仲間ができていく過程はやっぱり読んでいて爽快です。

お約束すぎるという見方もあるかもしれないけど、あまり重い話じゃなくて一時現実を忘れらさせてくれるような話を求めている方は楽しめると思います。

ブラックな世界に疲れたら

先ほどもう一人の主人公と書いた俵ですが、大事な役割があるキャラクターではあるんですが彼自身が奮起するようなことはありません。

だけど、本人が意図していないところで周囲の人物に少しずつ影響を与えていました。

「楽さえできりゃほかはどうでもいいわけだよ。人のためになろうとは思わねえけど、意地の悪い真似もしねえ。ある意味むちゃくちゃまっすぐだよ」とはある人物が俵を評した言葉です。

この台詞を読んだ時に、かなりハッとしている自分に気が付きました。

いずみほど過酷な環境ではありませんが、自分自身も仕事で色々なことがあると心に余裕がなくなって周りを省みなくなったことが何度かありました。

そういう時って本当に考え方がひん曲がるというか…… 

他の人も頑張っているということを考えられなくなったり、自分より頑張ってなさそうに見える人を憎く思ったりとか、そんな方向に頭が向いてしまいます。

だけど、それって傲り高ぶり以外の何物でもない。

結果を求められるのは当然ですが、それがとんでもないブラックな環境下に置かれて自分が壊れそうになった時は俵のように「人のためにならずとも意地の悪いこともしない」ぐらいのスタンスでいたら自分を見失わなくてすむかもしれません。

まとめ

娯楽色の強い作品なので重い作品に飽きた時に読むと楽しいです。

もちろん、面と向かって誰かに「私は人の役になんてたちませんよ」と社会人が言うことはできませんが、鼻息荒く向き合うだけが仕事に対するスタンスでもないということを、本当にストレスだらけの今の世界で心に留めておくことは無駄ではないのではないでしょうか?