ネコはミカンを片手に夜明けを待つ

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メイドカフェ「めるドナ」 誕生祭から学んだコンセプトカフェを楽しむ秘訣と誕生日の意味

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メイドカフェのイベントの一つ「誕生祭」。

メイドの誕生日を祝うイベントで、他のイベントより限定メニューが大幅に追加されるなど、この日ならではの楽しみがあります。

誕生日を迎えたメイドが選んだ特別な衣装を全てのメイドが着て、とても華やかな一日です。

よく利用させていただいている福岡のメイドカフェ「めるドナ」でも誕生祭が行われていました。

個人的なことで恐縮ですが、ある時の誕生祭でとても嬉しいことがありました。

映画「男はつらいよシリーズ」で主人公の寅さんがこんな台詞を言います。

「ああ生まれてきて良かった、そう思うことが何べんかあるだろう。そのために生きてんじゃねえか」

引用:第39作「男はつらいよ 寅次郎物語」

ちょっと大袈裟になるけど、その時は本当にこの台詞のような気持でした。

そして、この出来事はメイドカフェを含むコンセプトカフェを楽しむ秘訣を教えてくれました。

コンセプトカフェを楽しむ秘訣とは

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コンセプトカフェの楽しみ方といっても正解はなくて、人の数だけ楽しみ方はあるでしょう。

キャストと話す、写真を撮る、料理を楽しむ、馴染みの客と話す‥‥‥

そのどれもが楽しいことです。

私はキャストと話をするのが楽しいですね。

やっぱり、同じ地球にいても普段の生活と全然違う場所に生きている人たちとの会話は刺激になります。

はじめてコンセプトカフェに行く人は緊張するでしょうが、そこは話をするのがお仕事のキャストさんたち。

気さくに話しかけてくれるから大丈夫です。

段々仲良くなってくると生誕祭に行きたくなります。私もそうでした。

最初の頃は、いつもよりテンションの高い店内の雰囲気に緊張した部分もありましたが、今はその華やかさが誕生祭の特色なのだと思っています。

当たり前ですが、誕生祭に至るまでには自分にもキャストさんにも積み重ねてきた時間があるわけですよ。

そこには私生活での出来事もお店での出来事もたくさんある。

多分、変わってしまったこともたくさん。

その変わったものの中に「一年前よりこのキャストさんのことが好きになった」って気持ちがあるんです。

それを一番実感したのが誕生祭でした。その時に感じたんですよ。

長く通うことが楽しむ秘訣なんだ」と。

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お店というもの全般がそうだと思うんですが、特に会話・交流がメインのコンセプトカフェを楽しむことって一回じゃなかなかできません。

コンセプトカフェを楽しむことは、ゆっくり長い距離を走るマラソンです。短距離走ではありません。

その理由は、長く通うほど楽しみが生まれるからです。

私が少しずつお店に慣れていったように。

だからはじめてコンセプトカフェに行く方は気に入ったお店があれば、一回でそこに行くのを止めないで欲しいですね。

無理のない範囲で通って、たくさんのキャストさんと話して交流を深めていって楽しんでもらいたいです。

誕生日の意味

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有名人ならともかく、いい年齢の一般人の男が誕生日を祝ってもらうことなんてほぼないんですよ。

でも当然ですよね。多分、私と同い年の人は多くが誕生日を「祝ってもらう側」から「祝う側」になっているだろうし。

「誕生日おめでとう」の言葉が嫌いそうした考えの人にも会いました。

そんな考え込むことでもないんだろうけど、私も誕生日となるとどこか後ろめたい気持ちを感じていました。

それは何だったんだろうと思った時に、その正体が「マウント」だったことに気づいたんです。

他の誰かよりたくさん祝われたいという「マウント」。他の誰かよりたくさん何かをもらいたいとう「マウント」。幸せを見せつけたいという「マウント」。

いつの間にか、相手の思いやりを自分のステータスとしてしか考えられなくなっていた自分がいた。

それ故に私は誕生日となると自己嫌悪の塊でした。

祝ってくれる相手がいない自分は駄目だ、幸せアピールができない自分は駄目だと。

誕生日が楽しかったのは遠い昔。もう一生楽しい誕生日などこないと思っていました。

でも「めるドナ」をはじめコンセプトカフェの誕生祭に行くうちに感じたんです。

「自分の人生の主役は自分なんだ」と。

何でこんなことを感じたのか。

誕生祭の主役は誕生日を迎えた方なんですが、そこにはお祝いをしようと行動してる自分がいるわけです

器の小さい人間と思われるかもしれませんが、結局私は誕生日に対して「誰が主役」だとか「誰が脇役」だとか、そんな考えに思考を支配されていたのかもしれません。

今ならわかりますが、「祝われはするけど祝おうとしなかった」。そんな自分がいました。

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でも「めるドナ」に通い通けて誕生祭を祝うために行動する中で「よくやったじゃないか」と自分を認める気持を持ちはじめました。

俗にいう自己肯定感ってやつかもしれません。

自分の人生の主役は自分なんだから、誕生日とは一年間生きた自分を認めてあげる日。

自分を認めることに他人の許可はいらないんだから、そこにマウントはない。他人との比較も必要ない。

頑張らないよりは頑張ったほうがいいんだろうけど、生きてるだけでも大したことだからそれだけで自分を認めてあげてもいいと思ったです。

というか、どんな人でも頑張ったから一年を生きてこれたんじゃないでしょうか。

これからも人と比較したりして悩む時はあると思う。

でも、少なくとも今だけは誕生日がどんな日なのか自分なりに納得できたと思います。

こういう風に思えたのも「めるドナ」をはじめとするコンセプトカフェに通い続けたお陰ですね。

やはり、通い続けることはいいことです。そこが本当に素敵な場所なら尚更。

そういうわけで、コンセプトカフェをどう楽しんだら良いか悩んでいる方には是非通い続けてイベントの日もたくさん参加してみることをお勧めします。

終わりに

ある時のめるドナであったとても嬉しいこと。

それは積み重なった時間があったからこその喜びでした。

そういうことがあるとまた明日から頑張ろうという気持ちになる。

これがまだお店に通って浅い時期なら、こういう気持ちも起きなかったでしょう。

人生って本当に思いもよらないことがあるなあと。

努力したからといって必ず報われるわけじゃない。努力しなかったからといって何かを得られないわけでもない。

人生ってそういう部分があるけど、「悲しみも喜びも感じられるのは生きているから」というのは真実だと思います。

そういうまるでドラマみたいな気持ちが味わえるお店って凄いですね。

これからもめるドナを見守っていけたらと思います。